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奈良帰省日記2009 【14補】 帰省で出会った大和の花々

平城宮跡で山茶花

奈良の街角で



南天(なんてん)



左はアメリカ栴檀草、右は岩菊なんでしょうか・・調べ切れませんでした


八つ手





大阪で

御堂筋




奈良県立矢田自然公園











生駒山で







高取山で








奈良帰省日記2009
おわり

奈良帰省日記2009 【14】 ふるさとつれづれ

深圳航空で深圳へ

高取城で今回の帰省のお出かけは終了、あとは京都の親戚を訪れたり、友人と会ったり、おみやげを買ったり、墓参りに行ったりして過ごしました。
そして2009年も押し迫った12月21日、深圳航空便で深圳へ。

最近は帰省のたびにふるさとへの思いがつのるような気がします。
ふるさとつれづれに・・

奈良帰省日記 2009

ふるさとで出会った冬の花々

今まで花の名前とかに興味がなかったせいもあるのでしょうが、ふるさとの冬には花がないような印象をなぜか持ってしまっていました。
なんのなんのたくさんの花が咲いていました。季節がら椿、山茶花、南天の花を多く見ましたがどれも殺風景になりがちな冬の街角を明るくしてくれました。

たくさんあるので写真は次回に

東大寺で



見つけた日本時代の思い出写真

帰って何となく昔のアルバムを見ていると懐かしくて・・・
これは日本にいた頃、とある県民サークルに所属していた頃の仲間たち・・・
写真に見覚えのある方、是非ご一報を




ふるさと

奈良(郡山)で生まれ育って初めて違う土地に住んだのは浜松でした。大阪の会社に就職、浜松配属となり3年の浜松勤務のあと大阪に戻ったのですが、浜松時代にぶらぶら歩きを覚え、大阪帰任後も週末には毎週奈良、そして母のふるさと京都の散策に出かけました。時々は5日ぐらいの連休をとって一人旅で日本各地も巡りました。一人旅では全国の三分の二ほどの都道府県に滞在したと思います。

日本は当時に比べるとどんどん美しくなっています。ふるさとは町並み公園にとどまらず山々も美しいことを知りました。
訪れて展望して見える美しい山に次は登りたいと思ったり、買った本の季節季節に趣のある山の様子を見ると無性に行きたくなったり・・もっと以前に山に興味を持っていたら人生が少し変わったかもしれません。
山に興味がなかったら美しいふるさとの一面を知らずにいるところでした。美しさを育て守ってくれているふるさとの人々に、そして山に興味を持たせてくれるきっかけとなった深圳に感謝です。

深圳もブログを書くようになって思い切り調べて定住6年目ですがふるさとみたいに詳しくなったと思います。近畿も深圳も僕にとっては大事なふるさとかな・・


窓際のポインセチア

ハイキーにしてみました。(深圳で)

奈良帰省日記2009

奈良帰省日記2009 【13】 日本最高地点の城郭・高取城 高取山584m (2) (2009.12.17)

高取山頂584mの城郭跡

山頂の城郭跡
本道に戻って10分ほど登ると天守閣跡に着いた。ここが高取山山頂584mでもある。どうやら日本で最高点にある天守らしい。しかし、こんな高いところに立派な城址が広がる。
明治20年頃まで天守などの建造物が残っていたらしいが、明治20年代に取り壊されたらしい。もし今に残っていたらいろいろ思いをはせることができただろうに・・・
でもどうして取り壊されたのだろう・・明治維新頃なら残党が立てこもって・・とか考えられるが、明治20年頃ならもう政権は安定していたのだろうに。残念だ。

案内板があった。ムム・・高見山・・おっあれがそうか、雪をかぶっている。おおお、すばらしい展望。この景色は寒いのを我慢してきたご褒美だろう。感激。もっともっと奈良の山に登りたくなった。高見山(1249m)は関西のマッターホルンと言われているらしい。

時折強い風が吹くと寒い。風上の方に背を向けると耐えられる。このジャンパーを買ってきてよかった。でも日本にいた頃はほぼ毎年、雪の季節に金沢へ雪を見に行っていたのだけど寒さに弱くなったか・・・

寒い寒いと思いながらも1時間ほど山頂でのんびりしていた。その間にいくつかのグループが来ては帰っていった。ガイドさんが一緒のグループがあったのでちゃっかりと説明を聞かせていただきました。


さて下山 壺阪寺へ
で、下山する。次の目標はお里・沢市で有名な壺阪寺。
「五百羅漢から壺阪寺へ」と言うコースをとる。八幡神社というのがあったのでまず寄り道ルートを。往時は盛大だったのかもしれないが小さなほこらが立派だったろう石垣の上に立っているだけ。
元のコースに戻ろうとするとここからも壺阪寺へ行くルートがあった。
けっこう怖い急坂、おそるおそる下る。
ここでカメラの電池切れ、電池を予備に交換・・・あれま。予備の電池もだめ・・予備の電池は寿命かも・・仕方ない・・・

途中、山頂で見たグループと再び会う。挨拶をして追い抜いて行く。
少し電池を休ませたので復活しているかも知れないともう一度カメラに装填する。
お、大丈夫だ、使えそう・・
五百羅漢の写真を撮っているとあのグループが追いついてきた。並行して歩く。
五百羅漢から少し行くと眼下に壺阪寺が見えてきた。グループの一人が
「ここから見たらただやなあ。入山料は600円や」
「え、600円も取りまんの?」と僕。
「そうだっせ」
とベタな会話。

壺阪寺は2回目。僕は三重塔、五重塔などの古塔が好きなのでずいぶん昔に塔を見に来たのが初めてだった。そのときにお里・沢市の壷坂霊験記と言うのがあると知った。そのためここに目の不自由な人が集まってくるのだとのことだった。今は目の不自由な人の老人ホームもある。盲人に対するお寺の取り組みにも感激してこのお寺の印象はよかった。その上・・・そのとき僕に淡いロマンスがあったような気がしてきた・・・・・
その当時、計画されていた巨大観音像もできていた。

今回の目的は山登り。で、入山料が高い壺阪寺は今回入らずに外から写真だけ。それにしてもここも美しい寺院になったと思う。
お腹が減っているので近くの食堂に入ろうとするが観光シーズンではないので休業中の模様。全部シャッターが下りている。しょうがない。

あとは舗装道路をひたすら近鉄壺阪寺駅まで歩くだけ。バスもあるけど本数が少ないので歩く。
壺阪寺から40分ほど歩くとお好み焼き屋があったのでここで食事にありつく。
店のおかみとよもやま話をしながらお好み焼き定食を食べる。炭水化物のご飯で炭水化物のお好み焼きを食べるという関東人が不思議がるあれ。

そして壺阪寺駅へ。お好み焼き屋から10分ぐらいだった。
17時1分の電車に乗った。空は暗くなりかけていた。

2万6200歩




山頂の城郭へ



山頂へ


山頂の本丸跡











山頂からの展望

大台ヶ原、大峰山方面


雪を戴いた関西のマッターホルン・高見山(奈良、三重の県境の山)


そして金剛山





下山 五百羅漢を経て壺阪寺へ

下ります


ちょっと寄り道 八幡神社


そして五百羅漢





壺阪寺




壺阪寺からの風景 飛鳥方面


帰途

日本最高地点の城郭

奈良帰省日記2009 【12】 日本最高地点の城郭・高取城 高取山584m (1) (2009.12.17)

高取を歩く

奈良帰省日記 2009

日本最高地点の城郭 高取城へ

今回は寒いので金剛山はあきらめる。冬は樹氷が見られるとかだが、まだまだだろうし、一人で行く初めての金剛山は季節のよい方がいいような気がして・・
で、高取山(584m)へ行くことにした。日本最高地点にある高取城跡。そして盲目の夫・沢市と妻・里の夫婦愛を描いた浄瑠璃の壷坂霊験記で有名な壺阪寺を巡るルート。

出発

壺阪山駅から
昨日の天気予報では今日はかなり寒くなるとのことだったので、ベストをセーターに変え、ジャンパーにフードをセット、手袋を持って出かける。
それにしても近鉄はどうしてこんなに運賃が高いのだろう。壺阪山駅まで20kmぐらいだと思うのに450円もする。深圳ならバスで4元、50円程度なのに・・・アウトドア派には運賃の高いのはつらい。

まず橿原線で橿原神宮前駅へ。初代の神武天皇が即位した伝説のあるところだ。そして吉野線に乗り換えて飛鳥をすぎて壷阪山駅へ。橿原線は標準軌、南大阪線/吉野線は狭軌のため乗り入れできないので乗り換える必要がある。

高取町を歩く


溝横のタイル
壺阪山駅を降りて歩き始める。寒い。寒いのが苦手なのでちょっとつらい。深圳で買ってきた160元のジャンパーのフードをかぶる。頭と首からの冷気がばっちり遮断されてすぐに暖かくなった。これなら大丈夫そうだ。でもどうして暑い地方で買う防寒具がこんなにしっかりしているのだろう。そういえば香港で買ったコートもばっちり防寒されていた。

高取城も壺阪寺も初めてではない。ずいぶん昔、日本にいた頃に来たことがある。当時の印象は清潔な感じ、町並みもまとまっていて、どうしてこんなふつうの村にこのようなところにあるのだろう、観光地にもできるような美しさがあると思っていた。歩き始めてそのころの印象を思い出した。相変わらず美しいと思う。



ギャラリー「輝」
僕の目の前をリュックを背負った男性。高取山に登るのだろうか。
町家のギャラリー「輝」と言うのがあった。いつもの寄り道を。
正月用のオリジナルな飾り物の展示会と言うような感じでやっていた。上品できれいな展示。
ギャラリーのオーナーが話しかけてくる。
歩いてきた雰囲気からも見て取れたが、高取には季節のよいときにはハイカーや観光客がけっこう多いとのこと。

「輝」で20分あまりおじゃましたあと再び歩き始める。次の寄り道は昔の呉服屋を改修して町の観光案内所としたという夢創館。
ここからだと高取城(高取山山頂)、壺阪寺、近鉄壺阪山駅までのコースだと3時間半かかるという。

宗泉寺から国見櫓へ

宗泉寺
夢創館を出てまた歩き始める。民家が途絶えて森の中の道となる。舗装は続いているが道幅が細くなってくる。元藩主の住居で後にお寺となったという宗泉寺へ寄り道。
びっくり。きれいによく整備されていた。

元の道に戻って再び山頂を目指す。舗装はとぎれて地道となる。やっぱり地道の方がいい。
でも斜面は厳しくなって階段が増えてどんどん登っている感じがしてくる。体も少しずつぽかぽかしてきてフードをはずす。

一升坂と言う厳しい坂を登ると「岩屋不動120m」という道しるべが出てきた。寄り道。けっこう厳しい径だった。想像していたような岩の中に不動さんがあるわけではなかった。元は岩屋の中にあったのだろうか。

本道に戻って歩く。階段の連続。
猿石というのが出てきた。説明を読むと、城を造るときにの石材として飛鳥から運んできたものがここに放置されたと言うことのようだ。僕が住んでいる郡山城はお地蔵さんまで使っている。どうしてこういうことになるのだろう。


右へ行くと国見櫓
二の門跡。小さな池がある。池なのか城の設備なのか不明。
国見櫓の近くで初めて人と遭遇。数人のグループ。「こんにちは」挨拶。
またまた脱線して国見櫓の方へ行って見る。
すごい。さすが国見櫓と名付けるだけのことはある。展望がすばらしい。残念ながら木の陰で金剛山は見づらいがお隣の葛城山、おそらく岩橋山、そして二上山がこの山脈の締めくくりに見える。信貴山、生駒山も。手前にはもちろん大和三山。見事な展望だ。今日はこれだけでも充分と思った。
でも・・飛鳥から見ると二上山は堂々と見えるのに金剛山、葛城山と並んで見るとすごく貧弱に見えてしまう。まあ、金剛葛城と比べると標高が半分しかないからしょうがないか。
もし飛鳥人が毎日ここから眺めていたとしても二上山を神の山としただろうか・・・違っていたかもしれない。
つづく



高取を歩く










高取山へ
山頂の城跡を目指してすこしずつ登ります

まず宗泉寺





そして高取城跡の標石








本道から寄り道して岩屋不動へ 灯籠が倒壊・・


そして飛鳥から運ばれてきたという猿石・・





国見櫓からの展望 大和三山


二上山 左に葛城山、金剛山と続きます 金剛山はあいにく樹木の陰

それにしても584mの山頂に城を築くなんて・・武士の毎日の通勤は山頂だったのでしょうか? まあ足腰が自然に鍛えられるからいいのですが武士も大変です。

さあ山頂の城郭跡へ
つづく

奈良帰省日記2009 【11】 大阪御堂筋のイルミネーション (2009.12.16)


御堂筋のイルミネーション


大阪御堂筋のイルミネーション (2009.12.16)

昨日は生駒山に登ったので今日は休息日。この前なにげにテレビを見ていたら御堂筋で来月末までイルミネーションをやると言っていたのでこれを見に行く。

近鉄で難波(「なんぱ」ではありません、ナンバ)に出てみたがこのあたりではなさそう。御堂筋をキタに向かって歩く。なかなか灯が見えないので途中で心斎橋筋に入る。服屋さんが目立つようになった。おそらく本町、船場に近くなったのだろう。再び御堂筋に出る。
あった。船場センタービルからキタに向かってイルミネーション。うーん、枝もイルミネーションがしてあればいいのだろうけど・・・

写真を撮って折り返して歩く。なかなか気持ちよく歩ける。昨日に引き続きお好み焼きを食べに行く。帰っている間に本場の味を楽しもう。
広島焼きと書かれたものを注文。700円。焼きそばも入っていてボリュームたっぷりでお腹いっぱいになった。さすがに大阪、700円は安い。

休息日とはいえよく歩いた。1万7800歩。明日は高取山へ。


奈良帰省日記2009 【10】 放送局のアンテナ基地 生駒山642mに登る (2) (2009.12.15)

生駒山展望台から 重なる金剛山、葛城山、二上山、信貴山

奈良帰省日記 2009

生駒山(いこまやま)頂へ
暗峠から20分ほど登ると山頂に近い展望台に出た。いい眺め。風景を考える。大和三山はすぐに分かった。

さっきの彼。
「眺めがええやろ。」
「あの重なってる山は?」
「たぶん金剛山」
おそらく金剛山の前に葛城山、二上山、信貴山と続く。そしてこの山脈を挟んで左側に奈良県、右側に大阪府が見える。
「あれがWTC、大阪ワールドトレードセンタービル」
「橋下知事が府庁の引っ越しを考えている?」
「なんで引っ越し反対なんかな・・・」
「せやんなあ、僕もそう思う」

妙な話に展開。彼は元、観光バスの運転手だったそうで退職後よくここに来るらしい。62歳。
彼は先に山頂を目指した。僕は写真を撮る。帰ってから地図とにらめっこをして山の名前を明らかにする目的もある。
さすがに都会の山、自動販売機が並んでいる。熱いお茶を買って飲んだあと山頂を目指す。
写真を撮っていると彼が下りてきた。

「これからどう行く?」
「山頂から宝山寺へ行こうと思って・・・」
「そうか。ほな元気で」

10分ほどで山頂のテレビアンテナ群に出た。
関東平野には山がないので東京タワーが必要、近畿エリアには生駒山があるのでここにアンテナを作ればよろしい。深圳は梧桐山の標高630mぐらいのところに200mのテレビ塔。
NHKのアンテナにアンテナ高が書いてあった。総合テレビ、海抜687.6mとある。
そして山頂の遊園地、それになぜか、神社とお寺。御本尊御鎮座1200年と書かれている。
それにしても寒い。山頂だからか・・ジャンパーのフードを着けてくればよかった。早いこと遊園地の中にあるという三角点を見つけたい。見つからない。リュックを背負った人に聞いてみる。

「三角点、どこか知りません?」
「知らない。あなた、三角点ウォッチャー?」
「いえいえ。遊園地にあると書いてあったのでなんとなく見たいなと思って」
少し一緒に探してくれたが見つからない。
「駅員さんに聞いたらわかるのんちゃうかな?」と彼。
「駅員って?」
「ケーブル駅の駅員」
「ケーブルの駅ってどこ?」
彼は、え? という顔をした。
「あんた、何でここまで来たの?」
「生駒から歩いて・・」
「うわー元気やなあ。駅はね、あそこらへん。」
方向を指さしてくれた。あのあたりから宝山寺へ行く道があるはず。
「おおきに」
しばらく探すが三角点は結局見つからなかった。あきらめる。

宝山寺へ
そして寒い中、あちこち歩き回ってケーブルカーの駅を見つけて横の下山道を宝山寺方面へ下る。
はじめは舗装だったが途中からなかなか雰囲気のある小道に変わった。40分ほどで宝山寺に到着。ここへ来るのも初めて。
地蔵が立ち並ぶ。お堂が江戸時代の建物のように見えた。お寺の開基は1678年となっていた。開基は想像していたよりもかなり新しいけど(1桁違った)なかなか立派なお寺。1時間近く見学したり写真を撮ったりする。

下山
石段の続く道を下る。両側には小さな旅館が立ち並ぶ。そして石段の道の両側になぜか住宅。どうしてこんなところに・・・
観察すると裏に道の通っているところもあるが石段が唯一の出入り口という家もある。日々の暮らしはどうするのだろう。まあ、何か方法はあるのだろうけど不思議。僕もいろいろお節介なことを考える。

雑多なことを考えながら階段を下り、歩いていくうちに生駒の駅に着いてしまった。これで今日の予定は終了。本日6時間の散策。

近鉄生駒駅前の百貨店に寄ってから再び近鉄で帰る。
2万8000歩


生駒山へ

山頂目指して


生駒山展望台

生駒山展望台





生駒山」から南の展望 遠く金剛山(1125m)、葛城山(960m)、二上山、信貴山へと重なります。

この山脈の右が大阪府、左が奈良県。


大阪トレードセンタービルが遠くに



生駒山 山頂のアンテナ群へ

山頂へ

山頂のアンテナ群

山頂のアンテナ群と山頂遊園地(冬は営業休止)

山頂ケーブルカー 近鉄生駒駅へ接続します 私は横の下山道を下ります



下山 まずは宝山寺へ

下山道











宝山寺

宝山寺





全部の灯籠に灯をともしたら夜はきれいかな 往時をしのぶ・・


下山

こんな階段道に旅館と住居 生活は不便では?



近鉄生駒駅に到着




アンテナ基地 生駒山に登る

奈良帰省日記2009【9】放送局のアンテナ基地 生駒山642mに登る (1) (2009.12.15)

大和棟の道


奈良帰省日記 2009

生駒山(いこまやま)642mに登る (2009.12.15)

生駒山に登るのは初めてなので8日に買った「奈良県の山」の本に書いてあったコースを基本にして登ることにした。
今日は天気予報通り寒くなった。ベストをセーターに替えて出発。

出発
近鉄南生駒駅下車。ここからまず大阪府との府県境にある暗峠(くらがりとうげ)を目指す。暗峠の標高は400メートルあまり。
古い町並みを歩いていくと懐かしい看板や懐かしい店構え。荒物屋の前で桂米朝の落語の前フリを思い出した。
『昔は荒物屋に行くと何でもあった。安物で必要なものは何でもそろう・・・・』
店は営業をしているのかどうか分からないが、中を見ると何でもおいてありそう。

渋柿、そして干し柿が吊してある。
大和と柿の風景は小さい頃から大和の写真集でもよく見ていたので懐かしい。
大和棟の家を見ながら舗装された道を緩やかに、時には急坂を鋭く登っていく。暗峠は割と有名なのでこのあたりはシーズンには人が多いのだろう、しゃれた店が時折現れる。

暗峠近くの食堂で
おなかが減ったので暗峠の手前の小さな食堂に入りカレーを食べる。山登りをするとほんとによくお腹が減る。
店の年配のおばさんとその娘らしい女性と二人でやっていた。おばさんは島根県出身で数十年前に嫁いで来たが、当時は前の道もまだ舗装もされていなくてものすごく僻地に思えしばらくは下の町で生活していたと。でも住めば都で今ではここも慣れたという。
携帯電話はやっと使えるように整備されたけど、ネットはブロードバンドが使えず、電話のダイヤルアップだけだけ、電気も昔は大阪から供給され、郵便も大阪から配達されていたと・・
一瞬信じられなかった。生駒市(奈良県)の中心部からもそんなに離れていないところでなぜそんなことが・・・

店には山の写真が多く飾られていた。彼女は山が好きなようで山登りで話が弾んだ。
来訪者。外に初老の男性。彼は四国八十八カ所を歩いて巡った人だという。彼女の山好きなためかこの店にはそういうたぐいの人がよく食えるような気がした。

暗峠から
食堂を出て歩く。ガード下をくぐるとすぐ暗峠だった。暗峠と刻まれた石標の前に本道から分岐して心細く続く径がある。さっきの四国八十八カ所の男性はこちらを行った。さてはここからも山頂に行けるのかも・・・
少し峠近くの写真を撮影してから僕もこの径を。途中で先ほどの男性。竹藪で何かしている。ちょっと確認。
「ここから山頂へ行けまっか?」
「行けるで」
OK、この道を行けばいいのか。彼はさらに「杖はいるか?」と聞いてきた。「いりません・・」
竹藪の中を落ち葉を踏みながら先へ進む。
しつこく写真を撮っているところへ、先ほどの彼。見ると竹切れで杖を2本ついてステッキ代わりにしていた。
「あ、さっきこれを作ってたんでっか」
「ははは」
彼は僕が写真を撮っている間に先へ進んだ。

つづく



暗峠へ



南生駒駅から


あらもん屋


ナンテン


無人の店

















暗峠近くの食堂


暗峠


暗峠の石標 山頂への径




山頂へ




生駒山山頂へ



奈良帰省日記2009 【8】 奈良県立矢田自然公園ハイク (2) (2009.12.13)

迷い出た? 季節はずれの蝶

東明寺から矢田寺へ

さて、矢田寺を目指す。
道標には「東明寺・矢田寺」とある。矢田寺の近くに東明寺があるのは知っているがまだ行ったことがないので先に東明寺に行ってみることにした。
落ち葉の道、厚く積もった落ち葉のじゅうたんをさくさくと踏みしめながら進む。ほんとに気持ちがいい。20分ほど歩くと東明寺に着いた。こぢんまりとした小さな山寺の雰囲気だが、真言宗、持統天皇7年(693年)天武天皇の第5皇子・舎人親王開基で重要文化財の仏像が数体ある。
久々に丁石を見た。「xxへあとx丁」というあれ。36丁で1里なので1丁は100メートルちょっと。

そして矢田寺へ。
花を撮影しながら、脱線もしながら30分ほど進むと天武天皇創建の矢田寺に着いた。ここからは矢田山四国の地蔵さんを巡りながら山頂へ。そして今日の目的、山頂展望台を目指す。
あたりをつけて行くと案内図が出てきた。見るとこの近くではなく少し遠そうだ。時刻は4時半。少しやばい。山頂展望台までは案内図から勘をつけるとまだ15分はかかりそうに思えたので帰ることにした。ちょっと道草をしすぎたようだ。
矢田山四国を下りていくと暗くなり始め、矢田寺に戻るとかなり暗くなり街灯に灯がともっている。いい判断だったかもしれない。それにしてもまだ5時、日の落ちるのが早い。
考えてみると12月も13日、限りなく冬至に近づいていた。日の落ちるのが早いはずだ。

さらに歩いて家に着いたときは完全に真っ暗だった。また展望台に行きそびれた。
3万500歩



東明寺へ


東明寺へ
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東明寺
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矢田寺と矢田山四国へ

矢田寺へ
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矢田寺
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矢田山四国
矢田寺から矢田山山頂にかけて四国八十八カ所寺に模したお地蔵さんを安置してここを巡れば四国八十八カ所を巡ったと同じ御利益という設定。

矢田山四国を経由します
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そして・・・

山頂付近から山頂展望台へ向かいますが・・・
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時間切れであきらめて引き返し・・
奈良盆地を一望
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矢田寺に戻ると灯がともっていました
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家に着くと真っ暗でした。まだ5時半・・・
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奈良県立矢田自然公園ハイク

奈良帰省日記2009 【7】 奈良県立矢田自然公園ハイク (1) (2009.12.13)

東明寺で

奈良県立矢田自然公園へ

昨日早く寝過ぎて途中で目が覚めて寝られず、早く起きるつもりが10時半に目が覚める。
あわてて飛び起き、11時過ぎ家を出る。とりあえずの目的は矢田山の山頂展望台へ行くこと。

大和民俗公園
家を出て矢田山に向かって歩き出す。正面に見える矢田山はやっぱり4月とは違う。全山が赤く染まっている。これも美しい。
途中大和民俗公園に寄るかどうするかちょっと考えて寄り道することに。
公園の春もいいが今の季節もとてもきれい。黄色や赤の落ち葉のじゅうたんを歩く。

思惑違いでうれしかったのが花が多いこと。冬もこんなに花があったんだと思う。今までは興味がなかっただけかも。街路には山茶花とナンテンが目につく。
日曜日なのに季節がよくないのか人は少ない。

お父さんは家庭サービス、子供が喜んでお父さんと遊び、犬もわがままに楽しそうに遊ぶ。
適当に散策して写真を写す。それにしても美しくて気持ちがいい。



大和民俗公園点景
大和民俗公園


お父さんといっしょ


落ち葉がとてもきれいでした




犬もわがままに元気よく遊んでいました





矢田丘陵
そこそこにして民家群の隅の出口から公園を抜け本題の矢田山へ。初めて歩く道、でも大丈夫だろう、矢田山に行けるはず。道標には「子供の森」、それに「伝承 邪馬台国想定地」とある。邪馬台国の所在は九州のほか大和も候補にあがっている。
邪馬台国想定地はともかく、子供の森に行ったことがないのでちょっと覗いてみよう。

大和名産、名残の柿の実のぶら下がる舗装道を行く。すごい急坂を登り詰めると子供の森。少し行けば子供交流館というのがあるようなのでそこを目指しながら歩くが、すぐに脱線。寄り道して散策コースを登る。

さすがに深圳とは森林の雰囲気がかなり異なり杉と檜の木立が見事。
誰もいないと思っていたら一組の初老カップルと会う。暑い暑いと。確かに歩いていると暑いけど、休憩したり、少し立ち止まると寒いような。
ところどころに樹木や野鳥の説明板もある。興味深い。
そのうち出てきたのはどうやら子供交流館のようだ。交流館といっても屋根のある集合所みたいなものだけど自動販売機もあった。水を忘れてきたのでペットボトルのお茶を買う。120円。10元か、高いなあ、と一瞬思う。だめだめ、人民元に換算したら何も買えなくなる・・
前に池と高原風の小さなスペースがある。いずれもよく整備されているのかとても美しい。日本アルプスみたいな風景。幾組かの親子がはしゃいでいる。楽しそう。


矢田自然公園

名残の柿




子供の森


















つづく

奈良帰省日記2009 【6】 大阪・道頓堀、御堂筋 ノートPCを買う (2009.12.11)

道頓堀

難波、道頓堀へ

朝から雨。そのうちやむだろうと思っていたらなかなかやまない。
午後から大阪へ。今日は近鉄で出かける。難波で降りて地下街を適当に歩いたあと地上に出る。地下をかなり歩いたようで難波からけっこう離れていた。心斎橋通りを難波方面へ歩く。心斎橋通りも久しぶりなので、大きく変わっていた。よくわからない。脱線しながらくねくね。
そして別の通りに突き当たる。やっぱりよくわからない。右に折れて歩いていくうちに道頓堀だと感づく。でもまだはっきりしない。

おなかが減ったので適当な店に入ってお昼の定食というのを600円で。
はじめは一人だったが少しして3人のグループがやってきた。お父さんお母さん、娘というような感じ。
気がつくとどうやら韓国語で話していた。娘さんが日本語ができるようで彼女が店員と応対していた。

こちらへ来る近鉄電車の中でも3人のグループが中国語で話していたし、大阪市の案内板にも日本語のほかに韓国語と中国語が書かれていることが多い。 帰省するたびに確実に外人が増えている。
今の自分の状況によるものだろうが多民族の方が正常に見えてしまう。日本人ばかりの町を見ると何となく閉鎖的に感じるようになったから不思議。まあ多民族の方がおもしろいけど。

食堂の窓から道頓堀川が見えた。とするとやっぱりここは道頓堀。
食事を終えて再び歩く。しばらくいくと・・あの名物「くいだおれ太郎」人形があった。とするとここがあの食い倒れビルの跡か・・・全くわからない。道頓堀は大きく変わっていた。
一時、さびれた印象があって道頓堀はどうなっていくのか、と心配していたが見事に復活した感じ。とてもにぎやか。食い倒れ人形も売りに出されたと聞いていたが、どうやらどこへも行かなかったようでめでたしめでたし。
かに道楽は・・・あった。そして戎橋。阪神タイガースが優勝したら飛び込むあの橋。大きく改装されて昔の面影がない。
「私ミーハーやから。ここがあの飛び込むところ?へえー」
という話し声が聞こえる。

難波に向かって歩き始める。御堂筋へ出る。黄色になった銀杏並木がとてもきれいだった。こんなにきれいと思ったのは初めて。ほんとにどこもかしこもきれいになってうれしい。

難波からは道具屋筋へ。難波花月では公演があるようだ。どたばた喜劇込みで3時間近くあって4000円。子供の頃からテレビで花月のどたばた喜劇を見ていたので一度はナマで見てみたいけど・・
道具屋筋を通って日本橋へ。

ノートパソコンを見ながら各店をめぐる。条件はWindows XPの安物、使用目的は帰省時用のほか、深圳で冬の寒いときにこたつでできるようにという多目的。持ち歩きは多くないのでディスプレイは大きい方がいいかもしれない。
デザインのいいのがなく、結局先日下見していたJoshinの店でノートパソコンを買う。16:9、17型ディスプレイのHPのもの、5万3000円、ポイントなし。人民元なら4000元、というところ。CPU1.66G、HD160G。ほんとに安くなった。深圳で使っているデスクトップPCのハードディスクが満杯なので1TBの外付けハードディスクも9800円で買う。これはポイントをつけないので1割引。
再び難波へ。近鉄で帰る。

1万7000歩。以前なら自転車、バスを使っていたところも今は歩くので歩数が増える。帰ってから毎日1万5000歩以上歩いている。



昼食に入った食堂から道頓堀川


無事だったくいだおれ太郎。前では「シャッター押しまっせ」という二人。どういう商売かな


道頓堀界隈




かにが動く看板のかに道楽もあった。


下に降りて道頓堀川を


そして中座




美しい葉の御堂筋






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買ったノートパソコンと外付けハードディスク (深圳で)




奈良帰省日記2009 【5】 天王寺駅から通天閣、日本橋へ (2009.12.10)

通天閣

大阪・日本橋へ
昨日早く睡眠をとったのに疲れていたのか、目が覚めたのは午後1時半。あわてる。2時、JRで大阪・天王寺駅へ。ここから日本橋、難波方面へ歩いてみようと思った。
都会の中の下町っぽいレトロな印象の道を懐かしく歩く。通天閣を通り日本橋へ。


天王寺駅から歩く




レトロな感じの散髪屋


通天閣のある新世界。商店街は新しくなったもののダンボールをいっぱい積んだリヤカーがとってもレトロ

吉野家が目についた。入ってみる。
深圳の吉野家では中碗と大碗と言う。この連想で「並」というところを「中」と言ってしまった。店員さんは
「?」
「大盛りですか・・・並と大盛りですが・・・」
「ああ並です」
でもまあちょっとわかってくれてもいいのでは・・・

ノートPCを探す。VISTAからWin7になったが、まだまだXPは残っていた。東芝のものが多かったし4万円台でもけっこう多くて喜ばせてくれる。
深圳の自宅でのデスクトップPCのハードディスクは最近の写真の急増で満杯近い。ハードディスクを追加するにもPCを買って5年以上になるためすでに旧式となっている・・・
で、USBタイプの外付けハードディスクを買うことにしているのでこれも偵察。安い。容量の単位は「G(ギガ)」から「T(テラ、1000G)」に変わりつつある。PCにしろ、カメラ、携帯電話にしろ本当にメモリーは安くなった。1Tのものが1万円を切っている・・・

さらに難波駅方面へ。USBメモリー4G、910円というのを買う。
「ポイントはどうしますか。」
「持ってません」
「無料でお作りしますが」
「有効期限はありますのん」
「1年で期間中に買い物をするとそこからまた1年間というようになってます」
「・・・今回はよろしいわ。その分まけといて」
「ほな、1割引にしときまひょか」
『お、融通きくやん』

一通りXPを置いている店は見て回った。買うにはもう一度こなければならないようだ。



奈良帰省日記2009 【4】 健康診断、海外送金ノウハウ、年金手続き 買い物 (2009.12.09)


帰省3日目、帰省時の定例行事は続きます。

健康診断
朝は健康診断。
結局基本検診というのは問診と尿検査と血液検査だけ。やっぱり1000円ではここまでか。次回は本格的に考えてみよう。

海外送金 - 香港の銀行との比較も
郵便局と銀行へ、海外送金。おそらく海外送金手続きをしたことがないと思える女性が対応に当たったので難儀する。この銀行からいつも海外送金などをやっている。受け取るときはもちろん問題はないが、送金するときはいつも大変だ。そんなに日本から海外送金することはまれなのだろうか・・・香港の銀行の要領の良さに改めて感心する。
ただ香港の銀行の場合、インターネットで簡単に海外送金手続きができるし手数料も安いのでインターネットしか使わなかったが・・・

僕が利用している香港の銀行のインターネットバンキングは毎月決まった日に日本に送金するように設定することもできるので、日本にいてもインターネットを利用して香港の銀行から日本の銀行宛に送金することが可能だ。
で、インターネットバンキングが日本の銀行にもあると聞いていたので日本の大手銀行に以前手続きをしに行ったことがあったが、日本国内でなければこのサービスはできない、と言われて断念した。今回聞いたところでは閲覧だけは海外でもできるようなことを言っていた。

もっともプロキシ接続をすれば香港にいても日本からのアクセスのように見せられるのでこういう方法を使えないかとも思った(実際、Yahooのプロ野球の動画ページではこの方法が有効だった)が、これはDVDの海賊版を買うのとは意味が違う。重要な犯罪にもなりかねないので試験、実行はさすがに躊躇。そのうち、アク禁の一環か中国ではプロキシ接続が使えなくなったようなので実行できなくなりほっとした。

日本円をそのまま送金したが日本円のまま送金すると手数料を徴収される。米ドルに両替して送金するとこの手数料が不要らしいのだが、何せ、空港での銀行に象徴されるように日本の銀行の交換率は非常に悪い。米ドルは一番手数料が安いが、それでも香港で円を香港ドルにする方がはるかにお得。おまけにインターネットでも両替可能で手数料はさらに条件がよくなる。

買い物
西友で買い物。調理用デジタル秤が980円と安いので購入。だいぶ前に深圳で見たものは日本円で2000円ぐらいしていた。
万歩計も買う。今持っているものは電池を替えることなく5年ほど使用してから歩数表示がおかしくなってきたので電池が切れたかな、と思っていたのだが、歩数にすれば1000万歩はゆうに超えているはず。1000万歩保証というのもあることを考えると寿命かもしれないので。

年金手続き
あと奈良市の奈良社会保険事務所へ年金の申請。2時間半待ちというのにびっくり。近くへ買い物やら食事やらで時間をつぶす。
4時過ぎに社会保険事務所に戻る。まだ順番は来ていなかったがパスした人も多いみたいで番号がどんどん進む。
手続き終了。外国の銀行にも手数料は日本銀行負担で振り込めるらしい。朗報だ。
ただ海外の銀行の場合、振り込み先の間違いを防止するために銀行にSWIFTコードというものが今月から採用されているようで、申請には振込先の銀行の資料にこのコードが必要になったらしい。
現在の香港の口座を変更する予定もあり、SWIFTコードもわからないのでとりあえず日本の銀行としておいて後ほど香港に変更することにした。

これでだいたい今回の帰省の定例行事はおおむね終了。
明日は新しいノートパソコンの買い付けか



深圳、香港ではまだお目にかかったことがないアメリカ栴檀草
帰ってきたらすぐに見ることができました




やっぱり季節柄、帰省中一番多く見たのは山茶花と椿とナンテン



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