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怖かったバス - 賭博バス

深圳から東莞市の長安鎮へ出かけた時のことです。長安は東莞市と言っても深圳との境界にあって深圳の松崗のとなりになります。2005年末、春節前のことでした。

羅湖駅から高速道路を走る直通バスが30元で走っているのですが、私の住まいから羅湖駅までは時間もかかるし、乗り換えも面倒なので路線バスを乗り継いで挑戦してみることにしました。まず特区の第2ボーダーを超えた宝安へ、さらに松崗へ。ここから長安までは5kmたらず。適当なバスを探していると呼び込みがあって一番後の席に乗り込みました。大型バスとミニバスの中間の大きさのバスでした。

客を乗せいっぱいになったバスは走り出し、脇道にそれて行くと高速道路に入りました。「えっ....」長安までだと高速に入る必要はないはず。乗務員らしき人物に「長安へは行くのか?」と聞くと「行く」と答えるだけ。ちょっと胸騒ぎ。
前の方で数人がなにやらわいわい話しながら札束を見せびらかして賭け事のようなものを始めました。周りの人にも参加を勧めているようです。

バスは長安の出口を通り越してなお遠くに行くので「これはやばい!!!」と真剣に思いました。
ナイフを突きつけて一人ずつお金を出させて盗っていく、お金を出さないとほんとうに斬りつけてくる、という話は聞いたことがあるので、こういう時のために300元程度のお金を裸でポケットに入れています。

ただ今回のはこの知識とは合わない類のものです。誰が首謀者なのかメンバーなのか分からずうかつには動けません。相手の意図を見極めないと...不安がつのります。

私のとなりの「乗客」が私に前でやってる賭博が楽しそうだと話しかけてきました。私たちも参加しないかと誘ってきます。私はお金をたくさんもっていないから無理だ、と言っておきます。もしかしてこの男も仲間・・・
間もなく、前の方から札束を握りしめた男がお金をちらつかせながら「いくら賭ける」と聞いてきました(たぶん。こういう中国語は分かりませんので)。ちょっと分からない顔をしてお金を出さずに適当にやり過ごしました。となりの男が「彼はお金を持ってないようだ」と札束の男に話しています。この男もやっぱり仲間・・・


Intermission あるバレンタインデー (東莞・長安で)
情人節(バレンタインデー)で見かけた長安の町。中国でのバレンタイン・デイは男性から女性へ贈り物をします


情人節で宣伝をする結婚記念写真館の人々。長安



「賭博バス」は広深高速道路から分岐している道に入り、ゆっくりと1時間以上も北の方向に走り続け、賭博で周りの乗客から金を取っていってるようです。そして高速道路上で車を止め、乗っていた人の1/3から半分の人が降りていきました。たぶん彼らが仲間でしょう。

その後バスは訳のわからぬ村で高速道路を出てどんどん進んでいきます。大まかに事態の概要が把握できたこの時の不安が最高だったでしょう。これからどこへ連れて行かれるのか、首謀者の考えがわかりかねているだけに不安が募ります。ただ、太陽から方角を判断すると、南の方向へ行っているようなので、戻ってくれることを期待するばかりです。でもしばらく行くと根性が座ってきました。直感的にもこれ以上の被害はなさそうだと感じました。

バスに残った「やくざメンバー」の一人がみんなにどこで降りるか聞いて回りその通りの方向に進み出したので少しずつ安心してきました。
長安から5kmほどありそうなところで長安だと言って私を含め4人がおろされました。長安からけっこう離れているみたいなのはわかるので、もうちょっと行けと言おうとしたのですが、早く降りた方が無難かと思い直して指示に従いました。

降ろされた内、女性二人は電話をかけながら自分たちで「足」の手配をしているようなので、私はタクシーを待っていると、もう一人の男が有り金を全部取られた、と言って不安そうな顔をしていたので一緒に長安方面行きのバスに乗り込みました。私がバス代を2人分、計8元払いました。ちょっと高いバスです。彼にこれで帰れるかと聞くとあと20元ぐらい足らないと言います。バスでの事情を考えると全て彼の責任とも言い難く、20元を援助することにしました。財布を探ってみると人民元の小銭がないので香港ドルで20ドルをプレゼント。彼にはまだパニックが続いているのか、不安そうな表情は消えず20ドル紙幣を握りしめていました。

私はどういう賭なのかわからなかったのと、お金がないと言って適当に断ったために金銭的被害はありませんでした。彼らは強盗集団と言うよりも詐欺集団だったのでしょうか。彼らは一般人の表情をしていて怖い感じは全くしませんでしたし。

バスは行き先を書いた大きなパネルをフロントガラスのところに置いているだけで、出発後はこれを取り外しましたので、外からはバスに見えなかったはずです。乗る時、これに気づかなかったのがうかつだったかも知れません。中、長距離バスの場合、普通はフロントガラスの上部に直接行き先が書かれていますから。

とにかく無事であってほっとしました。普通なら15分で行けるところを2時間半もかかってしまいましたが。


東莞・長安
春節で出現した巨大灯籠。内部に電灯が入っていて夜に点灯されます。


一般的な中距離バス車内。東莞←→深圳・宝安の路線バス。長安→宝安、9元。


怖かったバス - 賭博バス
終わり
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辺境バスの窃盗団

賭博バスに引き続き物騒な話になります。深圳の市境地域はほんとにぶっそうです。

東莞市と深圳市の境にある長安近くでの路線バスでの出来事です。私が座ろうとした座席が壊れていたため相席に座ることになりました。 持論 にしたがってスリの確率の低い女性が座っている通路側に座ります。

彼女がハンドバッグを抱えてうとうとしだした頃、僕の目の前を1本の腕が横切りました。腕はうとうとしている彼女のハンドバッグの口金をまさぐり始めました。

『うわっ、スリやん』知人を揺り起こす腕かと思っていたらスリの腕でした。やばいっ、と思わずその手を僕の腕で少しだけ払いました。その振動がハンドバッグに伝わったのか、うとうとしていた女性は目を覚まし、ハンドバッグを抱え込みました。

私はほっとし、スリは何食わぬ堂々とした顔で離れていきました。あたりを見渡すとスリの集団が。経験的にはっきりスリ達だと判りました。初めて遭遇した「窃盗団」です。目を覚ました女性にはこっそり「スリが多いように見える、気をつけて」と言いましたが。

斜め前の座席ではイヤホンを耳にした男性がいて、後の座席からスリがねらっているところを見ると音楽を聞きながら寝ているのでしょうか...スリの横に座っている女性は横を向いて見て見ぬふり。

こちらも途中でイヤホンの男性が気づき未遂に。スリ達はしばらく全体の様子をうかがっていましたが、3,4つ目のバス停でまとまって降りていきました。
私のとなりのうとうとしていた女性は降りていくスリの人数を数えて「6人だ」と言いましたが、雰囲気的にバス残留組がいるような気がしましたので大挙してバスに乗り込んだ様子。でも僕が見ていた範囲ではスリ活動は成功していませんでした。バスで寝るのは禁物です。

スリの成功確率はとよく考えますが1/10以下のような気がします。こんなことをしてるよりまともに仕事をしている方が実入りとして良くないのでしょうかねー。お金をたくさん持ってる人はバスに乗らずにタクシーでしょうから、スリが成功しても金額的には少ないような気が。実入りの割に嫌われる度合いが大きすぎるようにも思います。絶対に損な「商売」だと思うのですけどね。
安全な深圳-長安の高速バスは6月、30元から35元に値上げされました。


長安


長安にできたウォルマート

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香港の病院、日本の病院、町医者


香港の町医者

深圳に来てからはまだ病院とは縁がないのですが、9年間住んでいた香港ではたくさんの縁がありました。

香港の町医者というと、ちょうどアーケード街に店を出すような感覚で小さな町医者がいたるところにあります。マンションであれば貸店舗になっている1階部分にクリーニング店とか小さな雑貨屋とかに挟まれてテナントみたいに開業していますし、チェーン店みたいな町医者もあります。香港に来た時初めてこの町医者を発見した時は驚きというより、「だいじょうぶかな・・・」というのが正直な感想でした。

診察には身分証を提示する必要がありますが、事情のある人には無理に提示を迫るようなことはありませんでした。おそらく入境管理事務所に連絡することはないのでしょう。このへん、人道的な立場という建前があるように思いました。



ある診療券
風邪で行った時

医者 「どうしたの?」
私  「ちょっと風邪をひいて・・」
医者 「はい、わかりました。これで薬をもらって...」

以上15秒で終了。触診もないし、これなら薬局でいいのでは...



脇の下に異常を感じて鏡で見ると少し腫れていましたが、さわらず清潔にしておけば治るだろうと思ってたら、だんだんひどくなってきてとうとう町医者に行きました。
ここは香港人の友人に紹介してもらった医者で九龍湾の商業ビルの中の一角にありました。普通よりも大きいスペースの所。ここでは傷口を絞って少し膿を出してくれて塗り薬と飲み薬をくれました。1週間後また来なさい、状況次第では切らないとだめですよ、とのこと。

帰りに町の薬局でガーゼと絆創膏を買い、1週間塗り薬と飲み薬を服用、1週間目に再びこの医者を訪れた時はかなり良くなっていまして、これは私よりも医者が喜んでいました。 『この治療がこれだけ効果があるとは..』みたいな感じでした。
結局1ヶ月足らずでようやく完治したのですが、実は背中にもう1つ同じようなものがありました。こちらの方は全く痛みもなく医者も痛くなければそっとしておきなさい、とのこと。 これが今回の物語の主人公になろうとは全く思わずに...

香港の病院、日本の病院、町医者

まず日本で
背中のできものが少し大きくなってるような気が....痛みはないけど背中でこぶみたいになったとしたら、なんかかっこわるいし。ちょうど帰省した時に日本で皮膚科の町医者に見てもらいました。

「痛みはありますか?」
「ありませんけど、手術で切ってしまうことはできないのですか?」
「切ることはできるけどなあ......」

と、お医者さんはのり気ではなく、まださし迫っていないこの時は放置して香港に戻りました。

そして香港
そして香港に戻り、マンションの引き渡しを2ヶ月後に控えたとある日曜日、マンション探しによって知った沙頭角のイミグレから深圳に入ってサウナに行きました。そのときのマッサージでできものをかなりいじくったのか、その土曜日かなり痛くなってきたため、車を持っている香港人の友人に頼み病院に連れて行ってもらいました。

この時は、彼の紹介でほとんど香港の北端、粉嶺というところのマンションに住んでましたので上水にある北区病院の救急へ。
 ここは香港IDがあれば一律100香港ドルでOKとのことで、IDカードを持たない人は一律500香港ドルの医療費となります。以前はIDカードを持っていれば無料だったらしいのですが、多数の人が訪れるので100香港ドルを取るようになったとのことです。

2時間近く待って問診。数年前からできていて痛みはなかったが最近痛くなった事情をたどたどしく話しますと、薬2種類を5日分と痛み止め2日分を出してくれ、薬を飲みきってまだ具合が悪ければまた来るようにとのこと。驚いたことに1年後の予約票をくれました。さすがにこれには香港人である友人も唖然...

数日後の深夜に痛みが最高潮となり、翌日、日本語ができる助っ人を頼み再び北区病院へ。
やっぱり2時間近く待ち、結局切ることになって、しばらく後に手術室へ。手術は女医さんでした。始め看護婦さんと間違ってたました。失礼!
麻酔はしてくれたけど、そんなに効いていると思えず、痛くて痛くて...悪夢のような40分。もう終わりかと思えば、彼女は意外なように、「まだある、まだある」と独り言を言いながら膿をどんどん絞り出していました。「まだある」というのは広東語でしたが北京語からなぜか類推できました。「ハイヤウ、ハイヤウ」。
でも切ってほっとしました。これでこぶから解放されるはずでした。

次の日から毎日傷口を洗うことになりますが、これはどこの診療所でもOKとのことで、私のマンションの近くにある診療所をいくつかピックアップしてコピーをくれました。
この時も手術費、薬代も全て込みで100香港ドル、1500円。


 

背中に膿(abscess)と書かれた治療票(Treatment sheet)。これを持って診療所に行って傷口の手当をしてもらう

その後、1ヶ月あまり診療所へ通いました。毎日17香港ドルの治療費。始めの1週間のガーゼ交換は地獄。おまけにまだ膿が残っていたようで大きな注射器のようなもので吸い出していました。もう来なくて言い、と言われた最後の日はほんとうにほっとしました。

しかし...彼女は何か傷口に穴があると。もう一度病院で見てもらう方が良いと言っているようでした。はあ....ため息。

でも春節も近い、日本へ帰った時に日本の病院へ行ってみようと決めました。日本に帰ってから、意外な結末が....

2004年11月18日に切り12月24日、診療所通いの最後の日になりましたが、実は最後の日の10日前、診療所では私の背中を見ながら数人の人が協議をしてて、穴があるけど、たぶん問題ないとかややこしい話があってずっと頭に残っていました。無理して鏡で見るとみにくい傷口が...
そして翌年2005年2月2日、春節の帰省時、日本のあの地元の皮膚科の町医者へ行って診てもらいました。

ふたたび日本へ
先生は即座に治療法が間違っている、と講釈。紙に書いて説明してもらうとよくわかります。どうやら膿のできものではなかったようです。ならば治療方法ですが先生はとりあえず薬で様子をみましょうと。手術すれば1週間で治るというので、私は手術してほしいのですが...
先生は皮膚科のいい先生と感じてはいたのですが過去のことも考えると、理由はわかりませんがどうも手術をいやがっている気がします。で、無理に手術をしても、という気があり、しばらく薬治療をすることに。

家族に助けてもらいながら数日続けると、家族は「状況がはっきり変化しているけどほんまに治るのかいな...」とつぶやきました。で、即座に決心しました、医者を換えようと。

次の日の月曜日、久方ぶりにこのあたりでは一番評判の良い天理病院へ近鉄電車で。
形成外科というところで診察してもらうと、
「これは薬ではここまでですよ、手術で切り取ってしまわないと完治しません」
「んんんん!!!!」

組織が残っているとまた再発するのだそうです。
なるべく早く手術してほしいと頼むと、こちらの事情を考慮、金曜日に手術室の空きを見つけて予約を取ってくれました。
ここは天理教が建てた病院で地方からの短期滞在の信者の患者さんも多いのでしょう。帰省中の私のようなものの手順をよく心得ていらっしゃいます。
ではこれでほんまに治る!!と信じて...




天理病院の新しい外来病棟。コンピュータ管理が行き届いて内部の情報伝達が早く手続きがスムースになっていてびっくりしました

手術は簡単で、麻酔もよく効いていて全く痛みを感じません。香港の地獄は何だったのでしょう。それにしても手術室がずらーっとたくさんたくさん並んでました。

麻酔が切れる頃は痛いかなと思って覚悟していたら、我慢できないほどでもなく、もらった痛み止め薬を使わずにすませました。昔はもっと痛かったように思うのですが。医学が進歩してるのでしょうか。

そして1週間後、手術の糸を抜いてめでたく終了。切り取った部分はすでに検査してもらっていて、癌とかの悪性ではなく良性でした、と報告を受けました。やれやれこれでやっとほんとうに終わりました。この「こぶ」と5年ぐらいのつきあいでしたから。

思い切り風呂に入れるぞ!!!考えれば11月から3ヶ月以上、背中に気を遣いながら風呂に入っていました。なんか長年の便秘が治ったみたいにすーっとしました。

 


で、この病名は「表皮のう(嚢)腫」といい、ホームページの絵にあるように皮膚が内側にめくれ返って皮膚の内側に皮膚の袋ができるもののようです。
皮膚は1ヶ月周期ぐらいで新しくなり古いものはアカとなって落ちていくのですが、このアカがめくれ返った袋にたまる、というもの。これが何年もたまっていたのですからそれはたくさん出てくるでしょうね。先生が「そら、そんだけ時間が経ってたら、ぎょうさんたまるわ」と笑ってました。

で、日本ではすぐ表皮嚢腫とわかったのに、どうして香港ではあれだけ先生が立ち替わりやって来たのにわからなかったのか、というのが考えさせられるところです。確かに香港は救急の先生、日本ではいずれも専門医なのでその辺の違いがあるのかも知れないのですが...もう少し考えて頭の中で非常事態に備えようと。
ただ香港での動きは良かったし、システムも整然としてて気持ちが良かったし、顔なじみになるとみんな親切でしたし。

それにしてもあの町医者、一番最初に相談に行った時、彼が切っておいてくれてたら香港の苦しみもなかったのに。病名もみんなわかっていたのにどうして...
おかげで香港に戻る日を延期、航空券も無駄になった....愚痴でした。
香港の病院、日本の病院、町医者
終わり
タグ: 病院 | 

高速道路で小型トラック炎上 1 (2006.8.15)

写真を撮してカメラに入ったまま忘れてました。今日カメラをチェックして思い出しました。
2006年8月15日16時52分、広深高速道路の東莞・長安付近でどうしてかわからないですが、車が炎上していました。事故でひっくり返っている車なんかはたまに見ますが、炎上しているのは初めてでびっくりしました。事故なのかそれとも..

もしガソリンに火がついたら...と思ったらちょっとふるえが。
でも車が平気に通ってますね。
2006.8.15



トラック炎上 2 - 深圳北環大道で消火活動 (2007.5.24)

ふと気が付くと外の道路で小型トラックが炎上、サイレンの音が響いて消防車が来て消火活動、1分あまりで消火していきました。
2007年5月24日














タグ: 事故 | 

あっ、鍵がない・・・


香港・深圳の玄関のドア
香港の玄関のドアは普通、外側に鉄の格子扉、内側に木の普通の扉とダブルになっていまして、ドアロックにはいろいろな方式があります。出る時にも鍵でカ シャッとかけるもの、このタイプは複雑で鍵を回すと、写真のようにロックする3つの突起が出てきます。これは内外の鍵穴から鍵を使ってロックします。さら に4番目の突起があるのですがこれは内側からかけるものです。

この4つの突起は1つのグループで、写真で分かりますが、その上下にも1グループずつあります。それぞれ丸い突起が2つずつあります。

私が当時住んでいた香港の滙景花園は内側の丸いドアノブの中心にロックの突起があってそれを押してからドアを閉めるとロックされるよくある簡単なタイプのもので、出 て行く時には鍵を使わなくてもよく、半自動的なロックになっていました。

現在の住まいの鍵




あっ 鍵がない・・・

あっ 鍵がない・・・


香港の生活に慣れ始めた頃のこと。
何回目かの帰省で香港のマンションから帰る準備をしていた時、生ゴミをチェック、さらにたまっているゴミも捨てようと階段のゴミ箱に。
香港でも中国でもそうですが、高層のマンションが多いのでゴミは各階の非常階段の踊り場に大きなゴミ箱があって随時捨てられるようになっているのです。清掃員が毎日せっせとゴミを運んでます。

で、ゴミを捨てて再び部屋へ。
「・・・・ん? えっ、か・・鍵がかかってる・・・!」
しまった。いつもの癖で内側のドアノブにある突起を押してしまっていたのです。
かぎを持ってゴミ捨てに行くはずもなく、当然かぎは持っていません。あと30分ぐらいで空港に向け出発しようと思っていた矢先...

完全に頭の中は真っ白。とりあえずエントランスにいる管理人に事情を伝えて助けてもらおうエントランスへ。

香港人の若い人は英語を理解する人が多いですが、中年ぐらいからはまず英語は無理で管理人の場合も英語が困難な場合が多いです。そしてたとえ英語を理解 してくれたにしろ、こっちがこの状況を説明できません。おまけに、部屋でくつろいでいた時のこと、服装は真っ赤なTシャツにオレンジ色の半ズボンとすさま じい格好です。

なけなしの北京語の片言単語を駆使して状況を説明。管理人は根気よく聞いてくれていまして、おそらくその雰囲気から状況を把握してくれたもよう。とある名刺を差し出し、「ここに電話して」みたいなことを言い、公衆電話代に1ドルを差し出してくれました。
汗汗汗・・・ 電話をかけられるくらい言葉に堪能なら・・・
彼も意味を理解してくれたようですが、携帯電話のあまり普及していなかった当時、彼が電話をかけに行くわけにも行かず...
あれやこれやのやりとりでここまで体力も時間も費やしています。彼はもう一つの提案をくれました。この団地の地下の商店街にかぎ屋があるみたいなことを言っています。よく分かりませんがそこへとりあえず行ってみることにしました。

けばけばしい服装のまま商店街へ繰り出しますが、そんなことにかまっていられる状況ではありません。 教えられたとおり確かに間口2mぐらいの小さなかぎ屋さんがありました。ここでは多少の英語は通じます。ここでも北京語と英語のチャンポンで身振り手振り を加えながらそれこそ必死に説明。
どうやら通じた様子、こちらのマンション名と部屋番号を聞き、マンションに戻ってあと20分待てとの返事。
「???」
何を待てばいいのだろう...語学力の乏しさのため、はっきり聞き出すことができません。ま、しょうがない、とにかく待ってみよう。

待つ間に最悪の場合の想定をしてみました。飛行機に間に合わなければ飛行機を変更できますし、あと、何とかならなければ知り合いの人に助けてもらうこともできます。 と言うことで最悪事態の考慮は終了、何とかなる、と言うことで落ち着いて20分待つことに。


ロビーで例の管理人さんと共に待つ間に、管理人さんが外を指さしました。見ると青年で、人捜し顔。思い切り早いお出まし、かぎ屋で20分待てと言われてから10分ぐらいしか経ってません。
彼の身分を確認をして部屋へ。ここで彼の仕事ががかぎ破りだと気づきました。部屋の前に来ると彼はなにやら取り出し、作業を私に見えないように自分の体で隠してごそごそ。すぐでした、外の鉄門が開いたのは。「は...??」あっけなさに頭の中にみたび「???」が飛び交います。こんなに簡単に開くのならドアの値打ちが...

ちらっと見えました。銀行の磁気カードのようなものを持っています。想像してみます。おそらくドアの隙間からカードをすべらしてドアロックの部分をこじ開けた?!えっそんな簡単ならどろぼうさんが...
さらに内側の扉もすぐでした。「???!!!」

で、あっけなく片づいてかぎ1つに付き200香港ドル(だったと思います)の手数料。場所が近ければいい収入です。大急ぎで準備をして管理人さんにお礼を言い空港へ。
空港へは悠々間に合いました。

いやあ、こんな商売もあったのですね。言葉も習慣も分からず、おろおろしていたら何とかなってしまいました。やっぱり、「何とかしなければ」とせっぱ詰まれば何とかなるもんですね。これは香港で住むようになる前の香港旅行でもありました。

再び香港へ戻ってきた時に、この管理人さんと急に親しく話をするようになりました。話と言っても管理人さんが広東語で話し、僕が片言北京語で返す、と言うものでしたが、彼の私に対する目が急に親近感を持ち始めたのです。私の非常事態に役に立ったのがうれしかったのでしょうか。という私も彼は信用できる人というイメージを持ちました。
はちゃめちゃな体験を共有できたおかげでマンション内だけでなく、外でばったり出会っても話しかけるようになってました。

もともとうっかり性分のある私、これ以後は合い鍵を増やして近くの友人に1セット預け、いつもの自分の服のポケット以外によく使う鞄にもしのばせました。以後、数度これが活躍することに。


かぎ開け、後日試してみました。玄関のドアの隙間にはおおいがあって薄いプラスチックカードを滑らすことはできませんでした。中の各部屋のかぎはカードを滑り込ませることができてうまくいったのですが...

あっ、鍵がない・・・
終わり
タグ: マンション |  | 

危険そうなマンションのオーナー(家主)

香港も中国も投資目的でマンションを買い、それを賃貸する場合が多いのです。また内装なしのスケルトン渡しでマンションを買うので内装方法もまちまちです。
家主が違いますので家主の人柄にも当たりはずれがあります。まあ、今から考えると内装方法に家主の人柄が出ているとも言えそうです。


牽晴間
香港粉嶺・牽晴間(マンションの名前)でのとある日の朝、深圳のマンション内装手配に出かけようとした矢先、変な男性2人の訪問を受けました。
血相を変えていた二人の男性はLau MSという人に用事だ、と言います。Lauというのは私の部屋のオーナーの姓。でもありふれた姓です。オーナー夫婦の名前は英文名しか知りませんので、彼らのいう中文名はわかりません。
オーナーの奥さんの漢字の名前はLau MSなのかと考えたのですが、とにかく「僕はここに独りで住んでいる日本人でその名前は知らない」で押し通します。

彼らはLau MS宛の親展メールを持っていて雰囲気から危険な香りが漂います。あっち関係かなと頭をよぎりました。オーナーにも以前、トラブルがあってからちょっと危ない感じを持っていましたので、とっさにオーナーが変なことをしていなければいいがという感覚が・・

一応彼らはあきらめてくれましたので、深圳へ出かけるため駅に歩き出しましたところ、携帯電話が・・・   声の感じからさっきの男だという直感.
 わけの分からん問答のあと、相手の名前を問うと切れました。してみるとLau MSがオーナーの奥さんの可能性が強い。でないと彼らが僕の電話番号を知ってるはずがありません。おそらくオーナーが彼らに自分の電話番号を教えるときに偽って私の電話番号をいったものだろうと推測できました。

 以後、これは知らないで押し通す方が良さそうだと思いました。あのオーナーのために面倒を起こされるのはたまったものではありません。

オーナーは深圳にもマンションを買っていて、私がマンションを探しているときにその物件を買わないか、と言っていました。
香港人の友人の話によると、そのオーナーは金銭的にあまり余裕がないはずだ、と以前言っていました。おそらくこれと関係があるのかも・・推測の域を超えませんが。

賃貸マンションを引き渡すとき、オーナーから契約時に渡してある家賃2ヶ月分のデポジット(敷金)の返金を受けます。普通、香港ではよほどのことがない限り全額返却されます。今まではすべてそうでした。
深圳へ引っ越すとき、このオーナーは難癖をつけて値切ってきました。
そしてこのときに、あの危険な彼らが残したメモを見せるとしばらく考えて「これは私ではない」と言い切りましたが、その雰囲気は・・・

私の香港最後の賃貸マンション、粉嶺・牽晴間のオーナーはちょっとやくざなオーナーだったかもしれません。
ま、アパートのオーナーには気をつけないとだめですね。

 

タグ: マンション | 家主 | 

深圳のバスの治安 - 数度のスリ被害の経験から (2007年2月5日)

2006年の6月末に深圳経済特区内でのミニバスが廃止されました。その代わりみたいに新しい路線には大型バスの長さを短くしたバスを見かけるようになりました。こうしてミニバスに乗らなくなると、ミニバスはちょっと怖い感じがしてきます。特区外へ行くと今もミニバスが走っていますが、乗ると緊張感が走ります。逆に言えば深圳特区内は安全性が増したと言えるかも知れません。


香港のミニバス
深圳特区内で廃止されたミニバス
香港でミニバスは定員以上の客を乗せて走ることはありませんが、当時、深圳ではおもいきり詰め込んで走っていましたので物理的にも危険があるかも知れません。

最近は滅多にありませんが、バスに乗る頻度が半端でない私は以前にバスでけっこう被害に遭っています。

特区内のミニバスではズボンのおしりのポケットをナイフで切られました。このときはミニバスに乗る前におしりのポケットの財布を胸のポケットに移していたのですが、名刺入れがおしりのポケットに入れてあったのでおそらくこれを財布と思いポケットを切ったのでしょう。
切られた感覚は全くありませんでしたし、犯人と思われるのはこざっぱりした身なりの男性。ほかに席があるのに私の横に座りました。

特区外でのミニバスではズボンのベルトに通す携帯電話ケースから携帯電話をすられています。このときは急に乗客が増えてきてそちらに気をとられ、自己防衛のスタイルをとることを失念していました。ただ携帯電話は、安物、フル充電でも電池が1日ももたなくなって来ていたので(新品電池でも同じ)、ちょっと嫌気がさしてきていたと言うことも油断に関係しているかも知れませんが、SIMカードの再発行手続きがうっとうしい。


特区外の中距離バス
特区外の中距離大型バスでは鞄の外側の部分をやはりナイフで切られました。2回。一度は隣の男がスリだと見抜いていながら防衛できませんでした。ただ、こういう時の鞄は安物の上、外側の袋には貴重品は入れませんので2回とも切られたこと以外の被害はありません。でもじんわり腹が立ってきます。
このときも特区内のミニバス同様、犯人はこざっぱりした服装。

で、いろいろ経験を元にスリを見抜いて難をさけたと思える出来事が数度。

以前、日本語を話す朝鮮族の中国人が日本へ行き新幹線に乗ったとき、連れの日本人と一緒に荷物を座席に置いたまま食堂車へ。長時間の後、荷物がそのままあるのを見て感激したと話していました。
ただ、いろいろなニュースを聞くと、こういう種類の治安の良さは日本だけといえるでしょう。海を越えれば、自分の身は自分で守らなければなりません。いわば、無菌培養で育った日本人、防御態勢が自然にとれるように授業料と訓練が必要なのでしょうね。


いろいろなバス
 

 

 
バスの切符

2007-02-05  |  コメント(2)  |  記事の先頭へ▲
タグ: バス | スリ | 

10月1日深圳へ 翌日臨時停電騒ぎ ネットハプニング続きの帰省と帰還 (2007年10月3日)

お久しぶりでございます。
10月1日夜半に深圳の自宅に無事戻って参りました。今回の帰省と帰還はひどいネット状況となりました。

9月17日に奈良に帰省してまもなく持ち帰ったノートパソコンのウィルス騒ぎ。
私は普段デスクトップを愛用しておりましてノートPCは移動用のみでかなり年季が入っております。速度が遅いのでなんとかといじくっているうちにノートンのウィルス警報が・・・
ところがいくらやってもウィルス退治ができず。すったもんだでようやく退治できたら今度はネットに接続できず。あれやこれや手を尽くしましたがギブアップ。

で深圳に戻って10月2日、このノートパソコンに再びウィルス警報、リカバリーしてようやくまともになったと思うといきなり電気が・・・・

停電!! 聞いてない!

蛇口をひねると水の勢いがだんだん弱くなって最後に停止。
外へ出るとエレベーターは電光表示が消えていてこれまた停止状態。


マンションの張り紙
過去にも2度ほど停電はありましたが、すべて電話メールで理由と時間が知らされました。ところが今回は高圧電線の故障で臨時停電となっているとの張り紙。復旧時間も書いてなくて 心細い状況。
世の中は国慶節のゴールデンウィーク、おめでたい真っ最中なのに。

しばらくしてマンションの自家発電が作動した模様でエレベータや水道などマンションの施設は復活しましたが各戸は停電のまま。

マンション管理所から電話メールが
尊敬的业户:现小区公共设施用电及供水已恢复正常,请务必检查您的水龙头是否关好?以免因此造成不必要的损失,特此提示![香蜜山管理处]
2007.10.02 12:36
団地内の公共施設用電気と給水はすでに回復しました。どうか必要でない損失をもたらさないため、あなたの水道の蛇口が閉まっているかどうか確認してください。
なので香港へ行く用事があったので福田口岸から香港元朗へ。

福田口岸



元朗



夕方香港に戻っても電気はまだ・・・
トイレへ・・・
今の電化の世の中に機械的構造のトイレの水流しなんて古くさいと思っていたのが停電には力を発揮します。ただウォシュレットが使えず携帯用のウォシュレットを利用。

JUSCOへ食事と買い物に出かけました。吉牛を食べて今日からの食料の買い出し。


マンションには照明がない・・
日が暮れて再びマンションに戻っても各棟に灯りは見えず。
まず長いエスカレーターを歩いて会所へ。会所にも電気はなく4階まで階段で上ります。階段の要所には・・ろうそく! 
懐かしい。

そしてマンションの入り口。なじみのガードマンが「まだ電気は来てないよ、これをどうぞ」とろうそくを3本くれました。

自分の部屋に向かう途中、気がつきました。たばこをやめたので火がない・・ろうそくをどうしよう。
部屋に戻って暗がりの中、この前の網友が来たときのホテルのマッチを発見、ほっと一息。


ろうそくで水シャワー
ろうそくの灯りの中、汗の噴き出している体に冷たい水のシャワーをおそるおそるかけてみます。なんせ、デジタル式の給湯器、電気がないとガスに火がつきません。
まず足に、始めは冷たいのですが慣れてくると大丈夫、プールのシャワーのつもりで体を洗います。

もう何もできないので寝ることにします。
そして3日の未明、照明の夢をみて目が覚めました。寝る前に電源を入れておいた枕元の電気スタンドが灯っていました。やっと電気が復活、これからやっと普段の生活に戻れそうです。


携帯電話には管理所からメールが入っていました。
刚与供电局现场抢修人员确认,小区停电是由于香莲立交拐弯处修路将高压电缆挖断造成,预计2:00左右恢复供电,不便之处敬请谅解[香蜜山管理处]
2007.10.02 18:40
供電局の応急修理人に確認しました。停電は立体交差の付近で高圧線が切れたためです。深夜2時ぐらいに回復するでしょう。

 

深圳のこのマンションに入居して2年あまり、初めてちょっとだけろうそく生活を体験。電気がないとこれだけ苦労するものだと思いました。とにかくすることが何もなくなってしまいますから。

実のところ、ある目的があって9月からエレベータを使わず階段を上り下りする訓練をしています。私の部屋は12階、あと会所の4階とエスカレーターほぼ2階分で合計18階を階段で上り下り するのです。
なのでエレベータがストップしても普通と変わらないわけですが・・・
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深圳 右下腹に激痛!盲腸? 緊急で病院へ

右下腹に激痛

深圳の我が家で、朝の布団の中、右の下腹に激痛が走りました。少しおさまってまた復活、もしかして盲腸?と思い、痛みをこらえてインターネットで調べてみました。痛みの部分は盲腸あたり、どんどん痛みが増してきました。もし手術が必要なら香港の方がよいかとかいろいろな考えが頭をよぎります。
もう耐えられないと思い、かねてより考えて頭で予行演習していた方法を実行しました。

まずリビングのインターホンで管理所に連絡、助けを求めました。私は苦しくて息も絶え絶え。
2人のガードマンが来てくれた時は痛みは最大。彼らに助けてもらってタクシーを呼び病院へ。
私が一人住まいであることを知るとそのうち一人のガードマンがタクシーに同行してくれました。
ガードマンがタクシーの運転手と話し合って病院を決めてくれた様子で病院に向かって走り出しました。後部座席で横になって苦しんでいる私に
「5分ぐらいで着くから」
とガードマンの声。


病院へ

病院に着くとガードマンは受付をやってくれます。私は香港IDカードとお金を出すのがやっと。登記費で8元を支払います。
前に知人の付き添いで深圳の病院に来たことがあるので手順はだいたい把握できています。
彼はここが初めてらしくうろうろしながら手続きと手配をしてくれます。おなかの痛みはだんだん消えてきました。

ある部屋に入り、女医さんがまず問診と触診を。この頃には痛みはほとんど消えていました。
診察のあと何かを要求。血液検査かな、と感じる。
再び受付で31元を支払ったあと、検査室のようなところで指示を受け、採血と採尿。検査室に渡すと「10分待ちなさい」とのこと。10分で検査結果が出たのでそれを持って今度は違う男性医者が担当してくれました。

「今日、吐き気はありましたか?」「下痢は?」とか「薬に敏感ですか?」とか聞かれます。これは女医さんの時も同じことを聞かれました。
「下痢は昨日あったけど吐き気はありません」と。

彼は処置方法を英語混じりの中国語でカルテに記入。見ていると「英語はわかりますか?」と私に聞き英語で話してきました。
ただ・・・英語はだめな上、病名とか英語で言われてもわかるはずもなく、筆談に換えます。
彼は「結石」と書きました。尿道結石かな・・・


点滴室
カルテを受付に見せると、今度は188元。点滴と1週間分の薬。
点滴なら、マンション近くの診察室でもできますが、面倒なのでこの病院でしていくことにして点滴室へ。予備室でお尻に注射されました。話には聞いていましたが自分がお尻に注射されるのは初めて。
そのあと点滴の針を刺すのに二の腕を出してしまいました。看護婦さんは不思議な顔・・思い出しました。こちらの点滴は手の甲でした。手をひっくり返します。
点滴は2つ。椅子に座って点滴を終えるのを待ちます。約2時間。ガードマンは側に付いてくれてあれこれ気を遣ってくれました。
もうほとんど痛みは感じていませんので少し話しをしました。彼は陝西省出身で去年の今頃上海から深圳に来たと言いました。

結局彼は点滴を終えて私の部屋に戻るまで付いていてくれました。やっぱり管理所のサービスはいいと思った次第。

始めにガードマンと北大医院(北京大学病院)の話しをしていたのですが、実際行ったところは深圳華僑城医院でした。ここならおそらく日本人やら白人も多そうなのでこの病院も他所うなれていたのかも・・・


雨の続く深圳 マンゴ並木の歩道


マンゴが落ちています

2008-05-31  |  コメント(6)  |  記事の先頭へ▲
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2010-04-04     カテゴリ  《 ハプニング 》

FC2ブログも・・

崑崙花(こんろんか 中国名:玉葉金花) - 香港最高峰大帽山(2010.4.4)
hapuningu100404-1_600.jpg
大帽山へ行きました。あいにくの天候でしたが崑崙花がきれいでした。


FC2ブログ アク禁

どうやらFC2ブログが中国の規制に引っかかったようです。4月3日からすべてのFC2ブログにアクセスできなくなりました。
しばらく様子を見ながらアップしていくつもりですが、最悪引っ越し・・・

以前EXCITEブログ(→中国深センの日々)を使っていまして2008年(だったと思う)にアク禁になりその後1年あまりの間ブログを変えることなく続けていたのですが2009年3月に意を決し、1ヶ月あまりの準備期間(それまでの記事をすべて再編集)の後、すべての記事を携えてFC2ブログに引っ越しました。

なのでもう引っ越しはかんべん、と願いたいのですが、さてどうなることやら。

現在ツイッターや大手の無料ホームページ(Yahoo Geo-Cities、FC2ホームページ)などもアク禁が継続しています。GeoCitiesは花の関係のHPがあるようで花の名前を調べるときなど大変です。
ツイッターは上海万博期間中の上海では規制が緩和されるようですが・・・

Exciteブログは規制が緩やかなようでFirefoxのプラグインPhzilla(→Phzilla)をインストールして使うことで閲覧可能ですがこのPhzillaもexciteのほかにはあまり効果がありません。

まあしばらく様子を見るしかありません。
私のブログにアクセスしていただいてる20%が中国から。さてどうしよう・・・

 

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