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2010-01-01     カテゴリ  《 四季の日記 》

謹賀新年2010



明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします

平成22年 ( 2010年 ) 庚寅元旦






香港の山々を背景に深圳市街 クリックすると大きくなります




2010-01-01  |  コメント(0)  |  トラックバック(0)  | 
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奈良帰省日記2009 【8】 奈良県立矢田自然公園ハイク (2) (2009.12.13)

迷い出た? 季節はずれの蝶

東明寺から矢田寺へ

さて、矢田寺を目指す。
道標には「東明寺・矢田寺」とある。矢田寺の近くに東明寺があるのは知っているがまだ行ったことがないので先に東明寺に行ってみることにした。
落ち葉の道、厚く積もった落ち葉のじゅうたんをさくさくと踏みしめながら進む。ほんとに気持ちがいい。20分ほど歩くと東明寺に着いた。こぢんまりとした小さな山寺の雰囲気だが、真言宗、持統天皇7年(693年)天武天皇の第5皇子・舎人親王開基で重要文化財の仏像が数体ある。
久々に丁石を見た。「xxへあとx丁」というあれ。36丁で1里なので1丁は100メートルちょっと。

そして矢田寺へ。
花を撮影しながら、脱線もしながら30分ほど進むと天武天皇創建の矢田寺に着いた。ここからは矢田山四国の地蔵さんを巡りながら山頂へ。そして今日の目的、山頂展望台を目指す。
あたりをつけて行くと案内図が出てきた。見るとこの近くではなく少し遠そうだ。時刻は4時半。少しやばい。山頂展望台までは案内図から勘をつけるとまだ15分はかかりそうに思えたので帰ることにした。ちょっと道草をしすぎたようだ。
矢田山四国を下りていくと暗くなり始め、矢田寺に戻るとかなり暗くなり街灯に灯がともっている。いい判断だったかもしれない。それにしてもまだ5時、日の落ちるのが早い。
考えてみると12月も13日、限りなく冬至に近づいていた。日の落ちるのが早いはずだ。

さらに歩いて家に着いたときは完全に真っ暗だった。また展望台に行きそびれた。
3万500歩



東明寺へ


東明寺へ
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東明寺
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矢田寺と矢田山四国へ

矢田寺へ
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矢田寺
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矢田山四国
矢田寺から矢田山山頂にかけて四国八十八カ所寺に模したお地蔵さんを安置してここを巡れば四国八十八カ所を巡ったと同じ御利益という設定。

矢田山四国を経由します
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そして・・・

山頂付近から山頂展望台へ向かいますが・・・
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時間切れであきらめて引き返し・・
奈良盆地を一望
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矢田寺に戻ると灯がともっていました
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家に着くと真っ暗でした。まだ5時半・・・
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奈良県立矢田自然公園ハイク

深圳 2010年新年の筆架山公園 (2010.1.3)

2010年新年の筆架山公園
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新年初出

今年は新年からあまり天候がすぐれず外出に向かないので梧桐山へ初登山に行きたかったのですができず。
今日3日は今までの天気が嘘みたいに晴れ渡り抜群の透明度・・・と思って出かけようとすると天気が急変、昨日までのような曇り空に。

雨が降りそうな天気をおして新しく買った靴の慣らしも兼ねて筆架山に出かけました。
323のバスに乗り筆架山公園へ。曇り空のためかまあまあの人出。しかしながら透明度はよく、雲がなければ夏に劣らぬほど見渡せます。

あちこち巡りながらいつものように筆架山の筆俊峰(次峰)、そして主峰の筆冠峰へ登りました。さすがに登ると暑くなって上着と中のベストを脱ぎワイシャツ1枚に。
水を忘れてきたので筆冠峰でコーラを買って・・まあ、梧桐山に比べると緊張感が劣ってもしょうがないですね。

新しい靴は少し小さいかなと思っていたのですがまあまあ大丈夫。少し靴擦れ気味。
1万5000歩
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十二支を描いています。12個並べられています
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相変わらずたこあげは盛ん
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レモンユーカリの木立を抜けて
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まず次峰の筆俊峰の展望台。この季節では珍しく香港がよく見えていました
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そして主峰・筆冠峰178mの展望台
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市二病院側の入り口に下山
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ピンクの日々草に混じってただ一つ白い日々草がありました
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ありました、深圳のつばき


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2010-01-03  |  コメント(0)  |  トラックバック(0)  | 
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奈良帰省日記2009【9】放送局のアンテナ基地 生駒山642mに登る (1) (2009.12.15)

大和棟の道


奈良帰省日記 2009

生駒山(いこまやま)642mに登る (2009.12.15)

生駒山に登るのは初めてなので8日に買った「奈良県の山」の本に書いてあったコースを基本にして登ることにした。
今日は天気予報通り寒くなった。ベストをセーターに替えて出発。

出発
近鉄南生駒駅下車。ここからまず大阪府との府県境にある暗峠(くらがりとうげ)を目指す。暗峠の標高は400メートルあまり。
古い町並みを歩いていくと懐かしい看板や懐かしい店構え。荒物屋の前で桂米朝の落語の前フリを思い出した。
『昔は荒物屋に行くと何でもあった。安物で必要なものは何でもそろう・・・・』
店は営業をしているのかどうか分からないが、中を見ると何でもおいてありそう。

渋柿、そして干し柿が吊してある。
大和と柿の風景は小さい頃から大和の写真集でもよく見ていたので懐かしい。
大和棟の家を見ながら舗装された道を緩やかに、時には急坂を鋭く登っていく。暗峠は割と有名なのでこのあたりはシーズンには人が多いのだろう、しゃれた店が時折現れる。

暗峠近くの食堂で
おなかが減ったので暗峠の手前の小さな食堂に入りカレーを食べる。山登りをするとほんとによくお腹が減る。
店の年配のおばさんとその娘らしい女性と二人でやっていた。おばさんは島根県出身で数十年前に嫁いで来たが、当時は前の道もまだ舗装もされていなくてものすごく僻地に思えしばらくは下の町で生活していたと。でも住めば都で今ではここも慣れたという。
携帯電話はやっと使えるように整備されたけど、ネットはブロードバンドが使えず、電話のダイヤルアップだけだけ、電気も昔は大阪から供給され、郵便も大阪から配達されていたと・・
一瞬信じられなかった。生駒市(奈良県)の中心部からもそんなに離れていないところでなぜそんなことが・・・

店には山の写真が多く飾られていた。彼女は山が好きなようで山登りで話が弾んだ。
来訪者。外に初老の男性。彼は四国八十八カ所を歩いて巡った人だという。彼女の山好きなためかこの店にはそういうたぐいの人がよく食えるような気がした。

暗峠から
食堂を出て歩く。ガード下をくぐるとすぐ暗峠だった。暗峠と刻まれた石標の前に本道から分岐して心細く続く径がある。さっきの四国八十八カ所の男性はこちらを行った。さてはここからも山頂に行けるのかも・・・
少し峠近くの写真を撮影してから僕もこの径を。途中で先ほどの男性。竹藪で何かしている。ちょっと確認。
「ここから山頂へ行けまっか?」
「行けるで」
OK、この道を行けばいいのか。彼はさらに「杖はいるか?」と聞いてきた。「いりません・・」
竹藪の中を落ち葉を踏みながら先へ進む。
しつこく写真を撮っているところへ、先ほどの彼。見ると竹切れで杖を2本ついてステッキ代わりにしていた。
「あ、さっきこれを作ってたんでっか」
「ははは」
彼は僕が写真を撮っている間に先へ進んだ。

つづく



暗峠へ



南生駒駅から


あらもん屋


ナンテン


無人の店

















暗峠近くの食堂


暗峠


暗峠の石標 山頂への径




山頂へ




生駒山山頂へ



2010-01-04  |  コメント(0)  |  トラックバック(0)  | 
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奈良帰省日記2009 【10】 放送局のアンテナ基地 生駒山642mに登る (2) (2009.12.15)

生駒山展望台から 重なる金剛山、葛城山、二上山、信貴山

奈良帰省日記 2009

生駒山(いこまやま)頂へ
暗峠から20分ほど登ると山頂に近い展望台に出た。いい眺め。風景を考える。大和三山はすぐに分かった。

さっきの彼。
「眺めがええやろ。」
「あの重なってる山は?」
「たぶん金剛山」
おそらく金剛山の前に葛城山、二上山、信貴山と続く。そしてこの山脈を挟んで左側に奈良県、右側に大阪府が見える。
「あれがWTC、大阪ワールドトレードセンタービル」
「橋下知事が府庁の引っ越しを考えている?」
「なんで引っ越し反対なんかな・・・」
「せやんなあ、僕もそう思う」

妙な話に展開。彼は元、観光バスの運転手だったそうで退職後よくここに来るらしい。62歳。
彼は先に山頂を目指した。僕は写真を撮る。帰ってから地図とにらめっこをして山の名前を明らかにする目的もある。
さすがに都会の山、自動販売機が並んでいる。熱いお茶を買って飲んだあと山頂を目指す。
写真を撮っていると彼が下りてきた。

「これからどう行く?」
「山頂から宝山寺へ行こうと思って・・・」
「そうか。ほな元気で」

10分ほどで山頂のテレビアンテナ群に出た。
関東平野には山がないので東京タワーが必要、近畿エリアには生駒山があるのでここにアンテナを作ればよろしい。深圳は梧桐山の標高630mぐらいのところに200mのテレビ塔。
NHKのアンテナにアンテナ高が書いてあった。総合テレビ、海抜687.6mとある。
そして山頂の遊園地、それになぜか、神社とお寺。御本尊御鎮座1200年と書かれている。
それにしても寒い。山頂だからか・・ジャンパーのフードを着けてくればよかった。早いこと遊園地の中にあるという三角点を見つけたい。見つからない。リュックを背負った人に聞いてみる。

「三角点、どこか知りません?」
「知らない。あなた、三角点ウォッチャー?」
「いえいえ。遊園地にあると書いてあったのでなんとなく見たいなと思って」
少し一緒に探してくれたが見つからない。
「駅員さんに聞いたらわかるのんちゃうかな?」と彼。
「駅員って?」
「ケーブル駅の駅員」
「ケーブルの駅ってどこ?」
彼は、え? という顔をした。
「あんた、何でここまで来たの?」
「生駒から歩いて・・」
「うわー元気やなあ。駅はね、あそこらへん。」
方向を指さしてくれた。あのあたりから宝山寺へ行く道があるはず。
「おおきに」
しばらく探すが三角点は結局見つからなかった。あきらめる。

宝山寺へ
そして寒い中、あちこち歩き回ってケーブルカーの駅を見つけて横の下山道を宝山寺方面へ下る。
はじめは舗装だったが途中からなかなか雰囲気のある小道に変わった。40分ほどで宝山寺に到着。ここへ来るのも初めて。
地蔵が立ち並ぶ。お堂が江戸時代の建物のように見えた。お寺の開基は1678年となっていた。開基は想像していたよりもかなり新しいけど(1桁違った)なかなか立派なお寺。1時間近く見学したり写真を撮ったりする。

下山
石段の続く道を下る。両側には小さな旅館が立ち並ぶ。そして石段の道の両側になぜか住宅。どうしてこんなところに・・・
観察すると裏に道の通っているところもあるが石段が唯一の出入り口という家もある。日々の暮らしはどうするのだろう。まあ、何か方法はあるのだろうけど不思議。僕もいろいろお節介なことを考える。

雑多なことを考えながら階段を下り、歩いていくうちに生駒の駅に着いてしまった。これで今日の予定は終了。本日6時間の散策。

近鉄生駒駅前の百貨店に寄ってから再び近鉄で帰る。
2万8000歩


生駒山へ

山頂目指して


生駒山展望台

生駒山展望台





生駒山」から南の展望 遠く金剛山(1125m)、葛城山(960m)、二上山、信貴山へと重なります。

この山脈の右が大阪府、左が奈良県。


大阪トレードセンタービルが遠くに



生駒山 山頂のアンテナ群へ

山頂へ

山頂のアンテナ群

山頂のアンテナ群と山頂遊園地(冬は営業休止)

山頂ケーブルカー 近鉄生駒駅へ接続します 私は横の下山道を下ります



下山 まずは宝山寺へ

下山道











宝山寺

宝山寺





全部の灯籠に灯をともしたら夜はきれいかな 往時をしのぶ・・


下山

こんな階段道に旅館と住居 生活は不便では?



近鉄生駒駅に到着




アンテナ基地 生駒山に登る
2010-01-05  |  コメント(0)  |  トラックバック(0)  | 
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奈良帰省日記2009 【11】 大阪御堂筋のイルミネーション (2009.12.16)


御堂筋のイルミネーション


大阪御堂筋のイルミネーション (2009.12.16)

昨日は生駒山に登ったので今日は休息日。この前なにげにテレビを見ていたら御堂筋で来月末までイルミネーションをやると言っていたのでこれを見に行く。

近鉄で難波(「なんぱ」ではありません、ナンバ)に出てみたがこのあたりではなさそう。御堂筋をキタに向かって歩く。なかなか灯が見えないので途中で心斎橋筋に入る。服屋さんが目立つようになった。おそらく本町、船場に近くなったのだろう。再び御堂筋に出る。
あった。船場センタービルからキタに向かってイルミネーション。うーん、枝もイルミネーションがしてあればいいのだろうけど・・・

写真を撮って折り返して歩く。なかなか気持ちよく歩ける。昨日に引き続きお好み焼きを食べに行く。帰っている間に本場の味を楽しもう。
広島焼きと書かれたものを注文。700円。焼きそばも入っていてボリュームたっぷりでお腹いっぱいになった。さすがに大阪、700円は安い。

休息日とはいえよく歩いた。1万7800歩。明日は高取山へ。


2010-01-06  |  コメント(0)  |  トラックバック(0)  | 
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深圳  少し寒くなってきた・・こういう日は鍋かな (2010.1.7)


なべ


また少し寒くなってきました。
こんな日は鍋でしょうか。久しぶりに香港人の友人たちと鍋を囲みました。
深圳では香港人の多い地域、福田口岸・福民駅近くの香港人オーナーの小さな店。客の雰囲気を見ると全部香港人のような感じ。
メンバーは香港人5人と子供二人、そして私。
よもやま話をしながらひとときを。

香港人オーナーの店と言えども深圳の店、値段はさすがに安いですね。一人55元。
2010-01-07  |  コメント(0)  |  トラックバック(0)  | 
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奈良帰省日記2009 【12】 日本最高地点の城郭・高取城 高取山584m (1) (2009.12.17)

高取を歩く

奈良帰省日記 2009

日本最高地点の城郭 高取城へ

今回は寒いので金剛山はあきらめる。冬は樹氷が見られるとかだが、まだまだだろうし、一人で行く初めての金剛山は季節のよい方がいいような気がして・・
で、高取山(584m)へ行くことにした。日本最高地点にある高取城跡。そして盲目の夫・沢市と妻・里の夫婦愛を描いた浄瑠璃の壷坂霊験記で有名な壺阪寺を巡るルート。

出発

壺阪山駅から
昨日の天気予報では今日はかなり寒くなるとのことだったので、ベストをセーターに変え、ジャンパーにフードをセット、手袋を持って出かける。
それにしても近鉄はどうしてこんなに運賃が高いのだろう。壺阪山駅まで20kmぐらいだと思うのに450円もする。深圳ならバスで4元、50円程度なのに・・・アウトドア派には運賃の高いのはつらい。

まず橿原線で橿原神宮前駅へ。初代の神武天皇が即位した伝説のあるところだ。そして吉野線に乗り換えて飛鳥をすぎて壷阪山駅へ。橿原線は標準軌、南大阪線/吉野線は狭軌のため乗り入れできないので乗り換える必要がある。

高取町を歩く


溝横のタイル
壺阪山駅を降りて歩き始める。寒い。寒いのが苦手なのでちょっとつらい。深圳で買ってきた160元のジャンパーのフードをかぶる。頭と首からの冷気がばっちり遮断されてすぐに暖かくなった。これなら大丈夫そうだ。でもどうして暑い地方で買う防寒具がこんなにしっかりしているのだろう。そういえば香港で買ったコートもばっちり防寒されていた。

高取城も壺阪寺も初めてではない。ずいぶん昔、日本にいた頃に来たことがある。当時の印象は清潔な感じ、町並みもまとまっていて、どうしてこんなふつうの村にこのようなところにあるのだろう、観光地にもできるような美しさがあると思っていた。歩き始めてそのころの印象を思い出した。相変わらず美しいと思う。



ギャラリー「輝」
僕の目の前をリュックを背負った男性。高取山に登るのだろうか。
町家のギャラリー「輝」と言うのがあった。いつもの寄り道を。
正月用のオリジナルな飾り物の展示会と言うような感じでやっていた。上品できれいな展示。
ギャラリーのオーナーが話しかけてくる。
歩いてきた雰囲気からも見て取れたが、高取には季節のよいときにはハイカーや観光客がけっこう多いとのこと。

「輝」で20分あまりおじゃましたあと再び歩き始める。次の寄り道は昔の呉服屋を改修して町の観光案内所としたという夢創館。
ここからだと高取城(高取山山頂)、壺阪寺、近鉄壺阪山駅までのコースだと3時間半かかるという。

宗泉寺から国見櫓へ

宗泉寺
夢創館を出てまた歩き始める。民家が途絶えて森の中の道となる。舗装は続いているが道幅が細くなってくる。元藩主の住居で後にお寺となったという宗泉寺へ寄り道。
びっくり。きれいによく整備されていた。

元の道に戻って再び山頂を目指す。舗装はとぎれて地道となる。やっぱり地道の方がいい。
でも斜面は厳しくなって階段が増えてどんどん登っている感じがしてくる。体も少しずつぽかぽかしてきてフードをはずす。

一升坂と言う厳しい坂を登ると「岩屋不動120m」という道しるべが出てきた。寄り道。けっこう厳しい径だった。想像していたような岩の中に不動さんがあるわけではなかった。元は岩屋の中にあったのだろうか。

本道に戻って歩く。階段の連続。
猿石というのが出てきた。説明を読むと、城を造るときにの石材として飛鳥から運んできたものがここに放置されたと言うことのようだ。僕が住んでいる郡山城はお地蔵さんまで使っている。どうしてこういうことになるのだろう。


右へ行くと国見櫓
二の門跡。小さな池がある。池なのか城の設備なのか不明。
国見櫓の近くで初めて人と遭遇。数人のグループ。「こんにちは」挨拶。
またまた脱線して国見櫓の方へ行って見る。
すごい。さすが国見櫓と名付けるだけのことはある。展望がすばらしい。残念ながら木の陰で金剛山は見づらいがお隣の葛城山、おそらく岩橋山、そして二上山がこの山脈の締めくくりに見える。信貴山、生駒山も。手前にはもちろん大和三山。見事な展望だ。今日はこれだけでも充分と思った。
でも・・飛鳥から見ると二上山は堂々と見えるのに金剛山、葛城山と並んで見るとすごく貧弱に見えてしまう。まあ、金剛葛城と比べると標高が半分しかないからしょうがないか。
もし飛鳥人が毎日ここから眺めていたとしても二上山を神の山としただろうか・・・違っていたかもしれない。
つづく



高取を歩く










高取山へ
山頂の城跡を目指してすこしずつ登ります

まず宗泉寺





そして高取城跡の標石








本道から寄り道して岩屋不動へ 灯籠が倒壊・・


そして飛鳥から運ばれてきたという猿石・・





国見櫓からの展望 大和三山


二上山 左に葛城山、金剛山と続きます 金剛山はあいにく樹木の陰

それにしても584mの山頂に城を築くなんて・・武士の毎日の通勤は山頂だったのでしょうか? まあ足腰が自然に鍛えられるからいいのですが武士も大変です。

さあ山頂の城郭跡へ
つづく

2010-01-08  |  コメント(0)  |  トラックバック(0)  | 
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奈良帰省日記2009 【13】 日本最高地点の城郭・高取城 高取山584m (2) (2009.12.17)

高取山頂584mの城郭跡

山頂の城郭跡
本道に戻って10分ほど登ると天守閣跡に着いた。ここが高取山山頂584mでもある。どうやら日本で最高点にある天守らしい。しかし、こんな高いところに立派な城址が広がる。
明治20年頃まで天守などの建造物が残っていたらしいが、明治20年代に取り壊されたらしい。もし今に残っていたらいろいろ思いをはせることができただろうに・・・
でもどうして取り壊されたのだろう・・明治維新頃なら残党が立てこもって・・とか考えられるが、明治20年頃ならもう政権は安定していたのだろうに。残念だ。

案内板があった。ムム・・高見山・・おっあれがそうか、雪をかぶっている。おおお、すばらしい展望。この景色は寒いのを我慢してきたご褒美だろう。感激。もっともっと奈良の山に登りたくなった。高見山(1249m)は関西のマッターホルンと言われているらしい。

時折強い風が吹くと寒い。風上の方に背を向けると耐えられる。このジャンパーを買ってきてよかった。でも日本にいた頃はほぼ毎年、雪の季節に金沢へ雪を見に行っていたのだけど寒さに弱くなったか・・・

寒い寒いと思いながらも1時間ほど山頂でのんびりしていた。その間にいくつかのグループが来ては帰っていった。ガイドさんが一緒のグループがあったのでちゃっかりと説明を聞かせていただきました。


さて下山 壺阪寺へ
で、下山する。次の目標はお里・沢市で有名な壺阪寺。
「五百羅漢から壺阪寺へ」と言うコースをとる。八幡神社というのがあったのでまず寄り道ルートを。往時は盛大だったのかもしれないが小さなほこらが立派だったろう石垣の上に立っているだけ。
元のコースに戻ろうとするとここからも壺阪寺へ行くルートがあった。
けっこう怖い急坂、おそるおそる下る。
ここでカメラの電池切れ、電池を予備に交換・・・あれま。予備の電池もだめ・・予備の電池は寿命かも・・仕方ない・・・

途中、山頂で見たグループと再び会う。挨拶をして追い抜いて行く。
少し電池を休ませたので復活しているかも知れないともう一度カメラに装填する。
お、大丈夫だ、使えそう・・
五百羅漢の写真を撮っているとあのグループが追いついてきた。並行して歩く。
五百羅漢から少し行くと眼下に壺阪寺が見えてきた。グループの一人が
「ここから見たらただやなあ。入山料は600円や」
「え、600円も取りまんの?」と僕。
「そうだっせ」
とベタな会話。

壺阪寺は2回目。僕は三重塔、五重塔などの古塔が好きなのでずいぶん昔に塔を見に来たのが初めてだった。そのときにお里・沢市の壷坂霊験記と言うのがあると知った。そのためここに目の不自由な人が集まってくるのだとのことだった。今は目の不自由な人の老人ホームもある。盲人に対するお寺の取り組みにも感激してこのお寺の印象はよかった。その上・・・そのとき僕に淡いロマンスがあったような気がしてきた・・・・・
その当時、計画されていた巨大観音像もできていた。

今回の目的は山登り。で、入山料が高い壺阪寺は今回入らずに外から写真だけ。それにしてもここも美しい寺院になったと思う。
お腹が減っているので近くの食堂に入ろうとするが観光シーズンではないので休業中の模様。全部シャッターが下りている。しょうがない。

あとは舗装道路をひたすら近鉄壺阪寺駅まで歩くだけ。バスもあるけど本数が少ないので歩く。
壺阪寺から40分ほど歩くとお好み焼き屋があったのでここで食事にありつく。
店のおかみとよもやま話をしながらお好み焼き定食を食べる。炭水化物のご飯で炭水化物のお好み焼きを食べるという関東人が不思議がるあれ。

そして壺阪寺駅へ。お好み焼き屋から10分ぐらいだった。
17時1分の電車に乗った。空は暗くなりかけていた。

2万6200歩




山頂の城郭へ



山頂へ


山頂の本丸跡











山頂からの展望

大台ヶ原、大峰山方面


雪を戴いた関西のマッターホルン・高見山(奈良、三重の県境の山)


そして金剛山





下山 五百羅漢を経て壺阪寺へ

下ります


ちょっと寄り道 八幡神社


そして五百羅漢





壺阪寺




壺阪寺からの風景 飛鳥方面


帰途

日本最高地点の城郭
2010-01-09  |  コメント(0)  |  トラックバック(0)  | 
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奈良帰省日記2009 【14】 ふるさとつれづれ

深圳航空で深圳へ

高取城で今回の帰省のお出かけは終了、あとは京都の親戚を訪れたり、友人と会ったり、おみやげを買ったり、墓参りに行ったりして過ごしました。
そして2009年も押し迫った12月21日、深圳航空便で深圳へ。

最近は帰省のたびにふるさとへの思いがつのるような気がします。
ふるさとつれづれに・・

奈良帰省日記 2009

ふるさとで出会った冬の花々

今まで花の名前とかに興味がなかったせいもあるのでしょうが、ふるさとの冬には花がないような印象をなぜか持ってしまっていました。
なんのなんのたくさんの花が咲いていました。季節がら椿、山茶花、南天の花を多く見ましたがどれも殺風景になりがちな冬の街角を明るくしてくれました。

たくさんあるので写真は次回に

東大寺で



見つけた日本時代の思い出写真

帰って何となく昔のアルバムを見ていると懐かしくて・・・
これは日本にいた頃、とある県民サークルに所属していた頃の仲間たち・・・
写真に見覚えのある方、是非ご一報を




ふるさと

奈良(郡山)で生まれ育って初めて違う土地に住んだのは浜松でした。大阪の会社に就職、浜松配属となり3年の浜松勤務のあと大阪に戻ったのですが、浜松時代にぶらぶら歩きを覚え、大阪帰任後も週末には毎週奈良、そして母のふるさと京都の散策に出かけました。時々は5日ぐらいの連休をとって一人旅で日本各地も巡りました。一人旅では全国の三分の二ほどの都道府県に滞在したと思います。

日本は当時に比べるとどんどん美しくなっています。ふるさとは町並み公園にとどまらず山々も美しいことを知りました。
訪れて展望して見える美しい山に次は登りたいと思ったり、買った本の季節季節に趣のある山の様子を見ると無性に行きたくなったり・・もっと以前に山に興味を持っていたら人生が少し変わったかもしれません。
山に興味がなかったら美しいふるさとの一面を知らずにいるところでした。美しさを育て守ってくれているふるさとの人々に、そして山に興味を持たせてくれるきっかけとなった深圳に感謝です。

深圳もブログを書くようになって思い切り調べて定住6年目ですがふるさとみたいに詳しくなったと思います。近畿も深圳も僕にとっては大事なふるさとかな・・


窓際のポインセチア

ハイキーにしてみました。(深圳で)

奈良帰省日記2009
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