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深圳新生活日記 【134 終】  2006年5月19日  ブログ正式開設


今日もいい天気。農林路を歩いて写真を撮りながら通天閣まで。
適当にバスに乗る。布吉行き。草補を少しぶらぶらしてから323路のバスで帰る。
山姆会員店(SAM'S CLUB)へ。麦入りの枕を買う。麦枕みたい。

ブログは今日を正式開設日とした。公開設定に加えて更新通知を送る設定に。

12900歩

この日の日記で「深圳新生活日記」の最終回としました。これ以後はブログが日記の役目となります。

5月19日は唐招提寺のうちわまきの日。この付近の覚えやすいような日は他に思いつかず、タイトルを「深圳マンション購入内装記」として5月19日を開設日と設定しました。
これ以後は書きためたマンション購入内装記、「創房記」を順を追って少しずつ公開することになります。

それ以後はそのまま放置するかどうかといろいろ思案しながら少しずつ記事を書き始めました。
まずは香港に出てきてから書いていた日記のまとめの意味で日記を抜粋しながら1週間に2回up、さらにマンションを購入して内装準備から内装完成までの内装日記も抜粋して週2回upすることで週4回分の記事を確保、あとの週3日分は思いつくままに書いていくこととしてブログの継続を決心しました。
ブログ名を「深圳の日々」に改題、さらに香港日記を連載していることをふまえて「深圳の日々+香港」としてさらにFunny days inShenzhen +Hongkongを追加して現在に至っています。
いつネタ切れになるか不安はありましたので3年近くも続くとは思わなかったことですが。

ブログを書き続けてよかったと思います。
自分一人で勝手に思っていればいいのでなく、記事を公にするということで記事に対してあやふやなところは確認作業をしなければなりませんでした。主にWEBを利用して確認するのですが、念のため複数の記述を確認して同じことが書いてあればOKとしてupしていました。おかげでその過程で思わぬ新知識がわかったり、より深く深圳のことを知ったりできました。
深圳に対して愛着ができてきたのもブログを書くことで深圳を深く知ることになったからだと思います。

でもこうして日記シリーズがすべて完了したことでついにネタ切れとなってしまいました。まあ、でも今までみたいに毎日更新という考えを持たずに気ままに更新というスタイルで続けていこうと思っています。
引き続きよろしくです。







「深圳新生活日記」 おわり







2代目のスキンです。名前が深圳の日々に変わっています。






初代のスキンです。pdfファイルなのでフォントが違うし、メニュー部の画像も少し荒れてはいますが・・・
sz_nikki_s_134-3_668.jpg

2009-03-01  |  コメント(0)  |  記事の先頭へ▲
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裏山から塘朗山へ

2009.3.16
久しぶりに裏山から塘朗山へ

久しぶりの新規投稿です。
ブログひっこしに夢中になっていて徘徊しなかったので体がなまってしまいましたが、ひっこしも一段落しましたのでまた日常に戻れそうです。

で、久しぶりに、14日土曜日午後3時、マンション裏山から小さな峰を8つほど経由して塘朗山の山頂430mを巡る3時間コースの山歩きをしました。
なまった体を解きほぐすため、すこしスローペースで。


やっととらえた紋白蝶。
いつもちょこまか動いてなかなかとらえられなかったのがついに成功。


犬も登ります。
カメラを向けるとどきっとした表情で後の飼い主を見てからこちらに下りてきました。気が弱い?







塘朗山頂上へ。




新しい展望台ができていました。展望台から夕日を


展望台の横を下ります


去年の8月に長城風の登山道を造ると言っていたのがやっとできたようです。
掘り起こしている片側にも同じものができるのでしょうか・・・


登山道を下る中年カップル


九重葛(ブーゲンビリア)と


桃源村に着きました





そして・・


塘朗山山頂からの望遠写真を見ていろいろな変化を見つけました。
最後の写真の一番上には地下鉄5号線の工事、ここは高架なのか・・
仮設住宅の下側には平南鉄路、ところが複線化工事をしています。もしかして11号線?
さらにその下には道路の新設かな。ここまで変わっていると調べるのが面倒に・・・

それにしても数ヶ月、塘朗山に行かなかっただけで大きな変化。
おまけに桃源村に着くといつも行っていたスーパーがなくなっていてめんくらいました。

新深圳の建設2009 【1】 塩田港付近の道路建設(1)

2009.3.20

塩田港付近の道路建設

新深圳の建設2009

福田区の市民中心付近の新都心建設も一段落して大部分の施設が稼働しましたが現在も建設は続いていて、2004年に私が本格的に深圳特区内を見て回っていた頃からも大きく風景が変わってしまいました。

今回は新都心を離れて深圳特区の一番東の区、塩田区の貿易港、塩田港へ。
2004年に初めてここを訪れた時は巨大な敷地で多くのコンテナもあったのですがほこりっぽくて寂しい田舎の貿易港風でした。
その後、ここを通るたびに大がかりな工事が行われていて何ができるのだろうと思っていたのです。
そして蜘蛛の巣のように2段3段に入り組んだ巨大道路網が姿を見せてきました。
塩田港の規模は世界でも最大級の港だったのです。

塩田港(塩田港 - 盐田港,yán tián gǎng)は深圳市中心部から東へ20kmあまりの大鵬湾にある深圳の貿易港。
1990年から整備が始まったようで第3次まで整備が進み、2008年12月からは現代物流センターの建設が始まったようです。
 中国塩田港の発展    塩田港現在物流センター 

塩田港と道路建設 (2008.12.15)


(2008.12.15)


以下2009.2.8






この高速道路のトンネルはすでに開通、路線バスの多くはこちらを経由するようになりました










塩田港




建設中の道路から沙頭角方面を


つづく

新深圳の建設2009 【2】 塩田港付近の道路建設(2)

2009.3.21

まず一連の道路建設が始まった頃、2007年10-11月の写真から

2007年10月 道路はまだ何もありません。 沙頭角の手前、小梧桐山のふもと、長嶺で










そして今。2009年2月8日

塩田区最高峰梅沙尖(753m)と








塩田港























沙頭角方面を


街並みも整備が進みます


「塩田港付近の道路建設」おわり
次は地下鉄建設へ

新深圳の建設2009 【3】 龍崗区布吉の地下鉄建設

2009.3.23

布吉付近の地下鉄建設


ユニバーシアード 2011

2011年に深圳でユニバーシアードの開催が決まっています。メインの会場は龍崗区だとのこと。
で、それにあわせて地下鉄建設が進められています。
現在地下鉄1号線と4号線の1期での全路線25km程度の運行ですが現在地下鉄1号線から5号線までの工事が並行して進められていて2011年6月にはこれが一気に150kmになる予定です。
深圳の街中、掘り返されている感じです。
「地下鉄に乗ってユニバシアードを観戦しよう!」と言うコピーが建設現場の塀に書かれています。

その中、地下鉄4号線は香港のMTRが30年の経営権を獲得していて沿線の住宅開発権も持っていますのでこの沿線には香港人が増える?

布吉付近は地下鉄3号線。地下鉄3号線は全長41.7kmのうち、地下部15.7km、高架部25.7kmと地上部分が多く布吉は高架になっています。
地上部工事なのでわかりやすいです。

すべて2009年2月27日の撮影です



特区からはずれたばかりの布吉。線路はこれより地上に出ます




深圳市街方面に歩きます














もうすぐ特区のボーダー


経済特区の区切りのボーダー








「新深圳の建設2009 地下鉄建設」 おわり
次は「大梅沙の発展」へつづく

新深圳の建設2009 【4】 塩田区 大梅沙の変貌 (1)

2009.3.24

塩田区最高峰の梅沙尖(753m)と大梅沙山側の新マンション群 (2008.11.23)


大梅沙の変貌

大梅沙は深圳市の中心部から25kmほど東、塩田港に近い砂浜のある海洋のリゾート地です。
私が初めて大梅沙を訪れた2004年はホテルがぽつんとあったぐらいで付近には古いアパートの見える田舎のリゾート風でした。

2004年 ぽつんとあったリゾートホテル (2004.7.9)



海岸側の大梅沙海浜公園 (2007.7.14)
ただ、当時から砂浜のリゾート地としての評価は高かったようで、地理的には深圳中心部の半額以下であるはずの新築マンションが市中心部と同じ価格でした。
酒店式マンションが販売、そしていくつかのマンションが建設されていたのを思い出します。



2007年開業のSheraton Hotel (2007.7)
そして3年後の2007年、少しずつ進んでいた新築マンションの完成に加えて375室全室Sea Viewの京基喜来登度假酒店(Sheraton Hotel)が開業、大梅沙の風景が変わりました。
2007年7月には広さ9k㎡、35億元(500億円近く)をかけた東部華僑城が仮営業を開始、ますます美しく整備されてきました。



東部華僑城 梅沙尖の山頂から (2008.12.21)


それ以後も他の深圳地区と同様、急激な住宅開発と同時に街路整備が進み、いつしか私にとって美しく広々とした住んでみたい町に変貌しました。



2004.7.9
2004年の大梅沙

住宅側は小さな田舎町風。


そして2009年 (2009.3.15 撮影)

大梅沙のリゾート地

東部華僑城ができて・・




京基喜来登度假酒店(Sheraton Hotel)も開業


いつの間にか、ステータスそうなマリーナクラブもできて・・


老舗ホテルも映えます


モニュメントも新しく


リゾート開発はまだまだつづきます。 (これだけ2008.12.21撮影)




海岸に近いこぎれいな住宅地もできました (水面は海ではありません。池です)




高台には高級住宅地?


内陸方向に歩きます


つづく

新深圳の建設2009 【5】 塩田区 大梅沙の変貌 (2) 住宅地 (2009.3.15)

2009.3.25

大梅沙の海 梅沙尖の山頂から (2008.12.21)


大梅沙の変貌 (2) 住宅地 (2009.3.15)

リゾート理を離れて山側に歩いていくときれいに整備された街路と広々した住宅地ができています。2004年にはただの荒野みたいな所でしたが・・・
ここらあたりは土地を広々使ってゆったりとした住宅造りをしているように見えて将来どういうふうになっていくのか楽しみな地域です。
ただ都心から離れていて需要がどうなのかは未知数ですが・・・



大梅沙の住宅地 (2009.3.15)





新しい塩田区外国語学校。
外国語学校は市の方針なのか中国の方針なのか各区にあります。しかもきれい。




高速道路のトンネルと


あるマンション団地


入り口を


内部








マンションを出て歩きます




大梅沙の黄昏 (2008.12.21)


「新深圳の建設2009」おわり

2009-03-26     カテゴリ  《 深圳の山と公園 》

龍崗区 求水山公園ふたたび

龍崗区 求水山公園ふたたび

2009.3.26
求水山頂から (2009.2.27)
布吉の地下鉄建設を撮影したあと久しぶりに求水山へ行きました。
前回よりも視界はよくないものの天気は上々、梧桐山の全体を見渡すことができました。
そして・・・
ふと気がつくと塩田区最高峰の梅沙尖が見えている・・

( 2009.2.27撮影 )
今回は長城風の登山道を利用して


けっこう急な階段もありました


布吉の街並


ちょっと休憩。携帯電話を・・


大中小の梧桐山。奥が大梧桐山、テレビ塔が小梧桐山、その間に小さくとがった嶺が中梧桐山


梧桐山遠望 梧桐山の左に小さく塩田区最高峰の梅沙尖が (クリックすると大きくなります)


小梧桐山のテレビ塔


塩田区最高峰 梅沙尖(753m)




羅湖区の地王大厦が見えます


地王大厦


布吉の街並み






動物園の金網越しに きじ


下山しました


観光シーズンを控えてか、あたりは大掃除でした



「求水山ふたたび」 おわり

2009-03-29     カテゴリ  《 深圳の山と公園 》

写真日記 深圳・南山公園へ

写真日記 南山公園へ

九重葛(ブーゲンビリア)できれいな南山公園
【写真日記】南山公園へ (2009.03.28)

知人が日本へ帰任することになり、記念に4人で南山公園へ。僕以外は香港在住で、彼らは南山は初めての挑戦。
朝に雨が降っていたので少し足元も悪く視界もあまりよくない状態であいにくだったが僕にとっても久しぶりの南山だ。

福田口岸で待ち合わせ、地下鉄とバスを乗り継いで蛇口海関口へ。ここから別墅口へぬける2時間のコース。

深圳の登山道は香港のに比べると階段が圧倒的に多くて慣れないとしんどいかも知れない。特に南山の登りは距離は短いもののすべて石段。
かなり湿度も高く、だんだん晴れ間も出てきて汗がしたたり落ちる。で、周りを楽しみながらのんびり進む。

一つめの嶺付近に回廊のようなものができていた。整備工事をしていた一つはこれだったのか・・・まだ未完成の様子。

小南山を見ながら3つの嶺めぐり。結局深圳湾大橋は見えるものの、香港の山はかすかに青山が見えたぐらいであいにくだった。
まあ、この季節ではしょうがないか・・・

南山を下山したあとは海上世界を少し案内、深圳にもこういうところがあるというところを・・

あとは我が家へ来ていただいてたこ焼き。あまりうまく作れなかったがごめんなさい。
その後、東門へ行ってDVDを買ったあと解散。お疲れ様でした。
蛇口海関登山口


登る


回廊風のものができていました


ひとこま


展望台で


あいにくの視界 かすかに香港の山


下山して海上世界へ


海上世界


海上世界


タグ: 南山公園 | 

深圳 赤湾探訪 南山区赤湾 少帝墓

少帝墓
少帝墓

1278年、蒙古の侵入により南宋王朝が広東まで敗退した時のわずか8歳の南宋最後の少帝の墓。
家臣の宰相、陸秀夫に背負われて海に身を投げた、となっています。
いまではこの周辺は赤湾石油基地で、1982年に赤湾港建設工事の時に墓が発見されたようです。

バス226路の終点、「赤湾站」から歩いてそう遠くない、少し寂しいそうな気のするところにありました。
時々お参りの人がいますが、皇帝という名前からは惨めに感じられるほどのこぢんまりしたお墓です。でも、通りの名前は「少帝路」、追悼の意味があるのでしょう。
そして「少帝路」は「右炮台路」につながっていきます。


赤湾へのアクセス
バス →  赤湾 



2008.8.16と2008.9.18の写真から

文化財の碑


少帝を抱く宰相




少帝墓の前で






少帝路




少帝路に続く右炮台路


近くの赤湾村



「赤湾探訪」 おわり
タグ: 少帝墓 | 赤湾探訪 | 

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