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大鵬半島の風光と原発

2009年 02月 01日
大鵬半島です。
大鵬の街は雑然としていますが美しい風光
(原発反対写真のつもりはありません。念のため。)

深圳第2峰の七娘山(869m)と原発(一番左)



深圳第6峰の排牙山(707m)と原発(一番右)



排牙山






七娘山


古寺と七娘山


大鵬の海岸線


原発


深圳新生活日記 【127】 2006年4月27日 お腹の出が気になって・・・

今日もBlogの準備。毎日かなり時間をかけている。スキンはすでに終了しているので、記事をどんどん書いて準備中。

夜、景田北へ。洗濯に出しておいた日本用の冬のジャンパーを取りに行く。おなかが出てきて気になったので運動のため歩いていく。
久しぶりに足のマッサージ。いつもの17番の小姐は他の人にマッサージ中なので代わりの小姐。力が入っていなくて頼りなかった。帰りに果物を買って帰る。
マンションまであと少しというところ、香蜜湖路にさしかかったら雨が降ってきた...ほんとに気のきかん雨だ。もう5分待ってくれ。

6,800歩
マッサージ、この次に行ったらあと17番の小姐は事前に電話をくれと言っていました。
それにしてもこのころはお腹の出が気になってたのですね。今思えば嘘みたいな話です・・
今だと、これくらいの距離は歩いていくのが当たり前みたいになっているのですが・・変われば変わるもの。

ところで最近更新をさぼっております。
今回の記事でブログ開設以来963番目となります。1000個まであと少し。で、1000個を記念してブログの移転計画を準備中なのです。連日時間をかけて準備に大わらわ。ようやくブログのお顔(スキン)の設計がほぼ終了しましたのであとは細かい調整とデータの編集移行作業をするつもりです。このデータの移行がやっかいなので楽する方法を考えているところです。

移行する理由はエキサイトブログの自由度が不足していて思うようなレイアウトにするのが困難なこと。まあ、数あるブログに比べると自由度はある方なのですがね。
決心したのはエキブロが中国の規制に対して何も手を打ってくれてないと感じたことが引き金でしょうか・・そろそろエキブロがアク禁されてから1周年。


2009年2月
久しぶりに香港の屯門に行きました。
いつものように春節の飾りがありました。
そしてここ100年のお札、硬貨が大量に展示されていました。日本の占領時代の軍票、国債などもたくさんありましたし、アヘン戦争の紙幣やアジア独立以前のイギリス支配時代の各国の銀貨などもあり、これが戦争かと感じさせるものでした。


春節の飾り


展示されていた紙幣と硬貨の一部


夜の深圳湾大橋


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2009-02-05 コメント(0)

深圳新生活日記 【128】 2006年4月30日 芸展中心

久しぶりに梅園路へ。芸展中心から歩いて八卦路、国展中心へ。
元¥移転中心へ行くときにいつも国展中心と言うところを通るので何かなと思っていたので寄ってみた...何もなかった。
途中マンゴを売っていた。6個10元。買う。
芸展中心は五一節のためか、人が多かった。

7,700歩
芸展中心は年々華やかになってきています。初めての頃は少し寂しい感じで採算がとれるのかな、とこっちが心配していましたが、だんだんにぎやかになってきました。まあ、香港の女人街みたいなのがビルの中にある、と言うようなものですが女人街よりは立派で規模も大きくて見応えがあります。
見た目の割に安価で買いやすい気がします。そんなに値切れません。


芸展中心で買ったアロマテラピー 調光器付きで50元
明かりの上の方にお皿があって水と香水を入れます。


ところでブログ移転計画、やっとお面ができまして、少しずつ移動させています。たぶんあと1ヶ月ぐらいで引っ越しです。
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2009-02-07 コメント(0)

深圳新生活日記 【129】  2006年5月6日  ブログ準備も大詰めに

Blog。久しぶりにいい天気。夕方から運動のため歩く。

僑香路を家電店の順電に行き、さらに香梅路を歩いてマンション探しの時に訪れた不動産屋へ行ってみる。
あらま、不動産屋がなくなっている。Blog用の写真を、と思って来てみたが写真が撮れない。
もともとプレハブのような事務所だったのでどこかへ移転したのかも知れない。何かで代用するしかないか。
でもなんか、思い出が一つなくなったようで寂しい感じもした。

傍らに房産証なんとかの標識がある。もしかして、これが抵当権抹消手続きをする所なのだろうか。行ってみる。分からん
龍塘から325のバスで帰る。

9,300歩
内装工事の1000枚の写真を元にマンション購入内装記から始めたブログの準備もそろそろ1ヶ月。大詰め、開設も間近と なってきて原稿を書きながら不足している写真を撮影して回っていた頃です。
結構綿密に進めていたのでこの緊張を持続させることは考えられず・・ブログをHPとして放置する運命か、とも思っていた頃です。
さてどうなりますか・・


ブログ準備で撮影していた写真 (2006.5.)

不動産屋


これは家具屋さん、好百年


そして深圳・崗厦の街


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2009-02-12 コメント(0)

深圳新生活日記 【130】  2006年5月7日  深圳の店のサービス

Blogは大詰め。
お腹が出るのを警戒して少なめの食事に。体重はxxkg近い。

久しぶりに景田北のあんま。運動不足のため歩いていく。片道3,500歩。
まずパン屋にパンを買いに行く。行くと小姐がトレイを持ってついてくれる。選んだパンを彼女の持つトレイに。8元の買い物。

健康中心でいつもの17号の小姐を指名してまず足のマッサージ、そのあと背中と腕を中心にマッサージ。この小姐が一番うまい。やっている時はけっこう痛 かったがあとはいい気持ち。計2時間70元。20元をチップ。

7,100歩
このパン屋さんのサービスは深圳で少しびっくりしたサービスの一つです。
このころよく利用していた宝安のDVD屋も私の好みをよく覚えていて私にあいそうな新しいDVDを紹介しながら、このパン屋と同じようについてきてくれま す。気に入ったものがあれば彼女にわたす・・そしてある文房具屋さんも同じでした。

これらはいずれも小さいお店。これが昔からの中国の風習なのかも知れません。
レストランに行けばお勘定はテーブルまで取りに来て清算とか、現金の授受に関してはお金を出す方に不快感を与えないという考え方なのでしょうか・・これが 商売の秘訣か・・
変貌する深圳の世界最大級の貿易港・塩田港周辺の道路網整備 (2009.2.)


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2009-02-13 コメント(0)

深圳/香港越境の口岸(イミグレーション) - 分布と通行量

深圳には香港に近いという特殊性から通関する人の数も半端ではありません。
深圳のイミグレーションの分布は


クリックしてください。大きくなります。 (深圳市人民政府口岸办公室より)

深圳/香港の主要なイミグレは
  1. 羅湖口岸  1986年6月開通
  2. 皇崗口岸  1989年12月車両部分開通、1991年8月開通
  3. 文錦渡口岸 1978年開通
  4. 沙頭角口岸 1985年3月開通
  5. 深圳湾口岸 2007年7月 1日開通
  6. 福田口岸  2007年8月15日開通

深圳湾口岸と福田口岸がまだ開通していなかった2006年一年に深圳で通関した人は延べ1億6700万人、1日平均45万7000人、車輌は1526万輛、1日平均4万2000輛。


2008年の通行量
深圳湾口岸と福田口岸ができて通行量の変化が出ています。
通関人員延べ1億7770万人(1日平均48.7万人)
車輌延べ1546.8万輛(1日平均4.2万輌)。

イミグレ 通行量 車両通行量
羅湖口岸 8940.1万人 -
皇崗口岸 4147.5万人 1017.8万輛
文錦渡口岸  216.6万人  214.6万輛
沙頭角口岸  281.2万人  96.2万輛
深圳湾口岸 1389.3万人  218.2万輛
福田口岸 1849.4万人 -


2012.3.7追加2011年の通行量
通関人員延べ1億9303.1万人(1日平均52.9万人)
車輌延べ1586.9万輛(1日平均4.3万輌)。
イミグレ 通行量 車両通行量
羅湖口岸 9274.3万人 48.0% -  
皇崗口岸 3522.0万人 18.2% 975.6万輛 61.5%
文錦渡口岸   17.0万人  0.1% 154.5万輛  9.7%
沙頭角口岸  345.5万人  1.8%  89.1万輛  5.6%
深圳湾口岸 2729.0万人 14.1% 367.6万輛 23.2%
福田口岸 3415.3万人 17.7% -  
( 口岸辨公室 より)

(注意)
文錦渡口岸は改築のため2010年2月22日から2012年8月まで旅客の出入境審査が停止されます。(一部のバスを除く)
深圳/香港の口岸 (一覧とリンク集)
口岸
概要へジャンプ
Open時間 通行量(2011年) 接続 (WEBにリンクしています)
車両 深圳側 香港側
羅湖口岸 6:30-24:00 48.0% - 地鉄羅宝線[羅湖] MTR[羅湖]
皇崗口岸 24時間 18.2% 61.4% バス [皇崗口岸] バス[落馬洲]
文錦渡口岸 7:00-22:00  0.1%  9.7%    
沙頭角口岸 7:00-22:00  1.8%  5.6% バス[沙頭角口岸][三家店] バス[沙頭角]
深圳湾口岸 6:30-24:00 14.1% 23.2% バス[深圳湾口岸] バス[深圳湾口岸]
福田口岸 6:30-22:30 17.7% - 地鉄龍華線[福田口岸] MTR[落馬洲]バス
2008年の深圳全体では通関人員延べ1億7770万人(1日平均48.7万人)、車輌延べ1546.8万輛(1日平均4.2万輌)。

(注意)
文錦渡口岸は改築のため2010年2月22日から2012年8月まで旅客の出入境審査が停止されます。(一部のバスを除く)

羅湖口岸


通関時間は6時半から24時までの17.5時間。
ここだけ入国カードがカーボンコピーのある2枚綴りになっています。

通関する人は深圳で最大というより中国で最大。香港からは鉄道KCRで接続され、深圳側は地下鉄1号線と接続されていて便利。香港人が多く、通勤している人も多いので状態は特殊です。
香港人を引けばどうなのでしょう。

羅湖口岸、2008年の通関者8940万人ということは、1日当たり24.5万人、1時間あたりだと1万4000人、1分では233人。通関している時の感覚よりかなり多いのは専用のチャンネルを通る香港人が多いため。
皇崗口岸で香港人の通関の様子を見ていると1人あたり3秒ぐらいです。めちゃ早。なんせ、係員はカード(通行証)を読み取り機に通すだけ。ろくすっぽチェックしていないように見えます。


羅湖口岸


イミグレを出たところのバスターミナル


羅湖駅前の羅湖商業城


皇崗口岸

皇崗口岸は24時間オープン。
羅湖と違って香港側と中国側のイミグレーションの場所が離れていますのでバスで移動する必要があります。香港空港行き直通バス、香港市内行き直通バスを利 用する時は問題ないのですが落馬洲までの場合はイエローバスを利用する必要があります。7香港ドル、オクトパスも使えます。
 皇崗口岸-落馬洲過境バス 


香港の空港までは直通バスやワゴンカーなど豊富です。
バスは香港まで100元ですがたぶん80元まで値切れます。香港から来るバスは香港の空港で100香港ドルを80香港ドルに値切れますから。
メリットは香港側では荷物をバスに入れたまま通関ができることです。体だけイミグレへ。
写真は香港側の直通バス乗り場です。イミグレを出たところにあります。

ワゴンカーは6人乗りで、満員になったら出発。
メリットは車に乗ったまま香港側の通関ができること、中国側は荷物を車に入れたまま体だけイミグレへ。一番楽な方法ですが一番値段が高いです。150元。
朝は早朝6時ぐらいまでだと値切れませんがそれ以後は130元まで可能です。香港ドルでもOK。

香港市内へもバスがたくさん出ています。中国側の通関をすませればバスがたくさん並んでいてバスチケットが買えます。オクトパスでもOK。


深圳側、皇崗口岸前の路線バスターミナル


イエローバス。深圳側。


香港側ターミナルから中国を・・


香港側、落馬洲 奥に黄色いイエローバスが見えます


沙頭角口岸

沙頭角口岸は羅湖の東、深圳最高峰の梧桐山のトンネルをくぐって塩田区(盐田区)に入ったところにあります。香港との陸路で一番東にある口岸です。
通関時間は7時から20時までの13時間。車は15時間。

私が粉嶺に住んでいた頃によく利用した2004年から2005年当時、人の通関はバスが来た時だけなのでけっこうのんびりムード。日本人と分かると日本語の練習につきあわされたり、[私の弟が日本人と結婚している]とか聞かされたりしたことがありましてほのぼのモード。ちょっと楽しい・・・
香港からだと当時はほとんど粉嶺からだけバスが出ていたのですが(15分に1本程度)今は九龍塘にも同じくらいの頻度でバスが通じています。
 沙頭角快線 

粉嶺から出ている直通バスは25元。KCRの粉嶺駅からバスに乗って聯和墟というところへ行きますとバスターミナルがあり、直通バスもいます。15分間隔で運行していますが通りすがりの旅行者には行き方がややこしい、ちょっとマニアックなルートです。お年寄りを多く見かける路線です。
香港から直通バスで香港のイミグレへ、通関後再びバスに乗って中国側のイミグレに入ります。皇崗口岸と同じ手順です。
九龍塘へのバスは35元、15分に1本程度です。

沙頭角にはイギリス占領時代の香港との国境の町があります。ほかのところは川が国境線になっているのですが、この部分だけ、洪水のため川の流れが変わり地上に国境があります。
それが[中英街]と言われるところで今も香港人台湾人も含め外人は入ることができません。
中国人なら10元で入れるのですが・・・





中英街の入り口。


写真を撮るなと言われたのですが・・・


沙頭角口岸付近でもマンション建設は盛んです


深圳湾口岸

1日5.86万台の車輌と6万人の通関が可能。一地両検で香港と中国の通関を1カ所で。
通関時間は6時半から24時までの17時間半。香港管理。


深圳湾大橋 (中国評論新聞網から)


深圳湾大橋(深圳新聞網から)

福田口岸

1時間2万人、1日25万人、最高30万人の通関が可能。
通関時間は6時半から22時半までの16時間
香港からはMTR(KCR)落馬洲支線で落馬洲駅へ、通関を終えると深圳の地下鉄4号線福田口岸駅に接続。

KCR落馬洲支線上水から落馬洲7.4km。尖東から落馬洲への電車が10分間隔で運転。
上水から落馬洲まで6分、20香港ドル。




福田口岸 (sina新聞中心より)




香港KCR 落馬洲支線


深圳側で建設中のマンション

梧桐山へ

2009.2.14
視界の悪い好漢坡登山道を行く

土曜日、天気模様の思わしくない中、梧桐山へ出かけました。
今回は香港でよくお世話になる人々と総勢日本人9名での梧桐山登り。
深圳の山が初めてという人が多いので今回は私がガイド役です。

コースは梧桐山村から泰山澗で葫芦口(葫芦はひょうたんのことです)へ、車道を15分ほど歩いて好漢坡へ、好漢坡登山道で頂上へ。
下りはひたすら碧桐道の石段を下ります。碧桐登山道の登山口からは沙頭角のイミグレがすぐ。
で、香港勢は沙頭角のイミグレから越境バスで九龍塘へ(35香港ドル)というコースです。

今回の所要時間は
登り
梧桐山村大門→葫芦口 2時間
葫芦口 → 好漢坡  10分
好漢坡 → 山頂   40分

下り
山頂 → 碧桐登山道口 1時間40分



羅湖のイミグレ前で待ち合わせて、211路のバスで梧桐山村へ。
梧桐山村は梧桐山登山のメッカとして年々観光地色が強まっています。この日も大門への「参道」は屋台が並び、帽子やら鞄やら、登山用品を激安で売っていました。まあ、使い捨てとして十分使えるようなもの・・

まずは観光気分でショッピング・・なかなかおもしろいもんです。食料を買ったり、地図を買ったりしているうちに時間が進み、11時になってやっと大門に到着。これから登山開始です。

登りから天気があまりよくなく梧桐山頂がかすんでいます・・・ さあどうなることやら
年々派手になる「観光地・梧桐山村」


梧桐山北大門



泰山澗の沢



吊り橋と和やかな光景がつづいて・・・


牙をむきだして・・


着いた好漢坡は霧の中・・・全く見えない登山道


おっ、今日はバレンタインデー。こんな所でも商売






天池に到着。すぐそこの山頂が見えません・・


944mの山頂は相変わらずの人人


今まで気づかなかった山頂の三角点。香港と比べるとちょっと貧弱・・


山頂までとうとう視界はよくなりませんでした。八仙嶺はおろか目の前の山頂も見えません。第一回目の時も霧でしたが、今までで最悪の視界でした。せっかく なのに・・・
で、下ります。



沙頭角を目指して












この吊り橋を渡るとゴールの登山口は間近・・



そして登山口へ。里程0m海抜77mの文字。

おつかれさま

おわり

深圳新生活日記 【131】  2006年5月9日  激しく変化する深圳

昼過ぎ、マンション管理費などの自動引き落としの指定口座になっている工商銀行へ補充のため預け入れ。

皇崗口岸にほど近い街、崗厦へ。
ブログ記事写真作成のため内装工事の材料などを買った内装材料店「世紀中心」へ行くとなんと解体工事中!
えっ..何で・・結構便利だったのに。
香蜜湖の不動産屋もなくなってたし、短い時間の間に思い出が急激になくなっている。
好百年へ行って写真を撮る。こちらは問題なし。

福田新村へ歩き325路のバスに乗って帰る。
帰宅後、ウォルマートの会員店、山姆会員店(SAM'S CLUB)へ行って買い物。買い込んだので帰りは運び屋を利用する。10元。

9,500歩
世紀中心のあったところは、今、新都心として再開発されているところです。都心の商業区にでっかい内装材料店はあわないので立ち退きとなったのでしょう。今は私のマンションにも近い香蜜湖付近に移動しました。
ただ、2004年ぐらいの内装材料店の景気はよかったらしいのですが年々商売は下降気味のようです。
マンションからの展望
新しいマンションが急速に増えて古い町が消えていく


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2009-02-19 コメント(0)

深圳新生活日記 【132】  2006年5月12日  ブログの草稿ができあがる

写真の補充もおわりBlogの草稿ができた。
今日はのんびりして明日からチェックしよう。
マンション内装に関するブログ原稿を全編書き終えました。あとはチェック。
一般的なブログのからすると手順が違うのですが、当時、毎日ブログを更新するということは精神的負担が大きくてできないと思っていたのです。
ですからブログというより、自分史の記録ホームページみたいに考えていたのですが、ブログだとホームページとは違っていろいろ便利な気がしたのでブログサービスを利用したホームページという感覚でした。
そして次の日の13日、ブログ設定を非公開から公開にセットして仮開設。ともあれ中国での自分の転換期でした。
当時、ブログ用に撮影していた深南東路、地王大厦前。 (2006.5.)

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2009-02-20 コメント(0)

深圳新生活日記 【133】  2006年5月13日  ついにブログ仮公開

Blogを最終チェックし、設定を非公開から公開に変更、更新通知はせず仮公開とする。
ごく親しい知人にメールで知らせる。いくつかBlogにアクセスがあったのでメールを読んだのだろう。

東海坊の日本料理屋で超久しぶりに食べる。味が前より悪くなった。もう来ないだろう。
初めて香蜜湖路を歩いて帰る。意外に近く感じる。

7200歩
2009.2. 深圳で
この前まで寒いと思っていたのにすでに暑く感じられる時もあるこのごろ。マンションの近くを散歩、聖人大座に登ってみました。半袖で。

黄色と黒のタイガースカラーの虫が私の顔面を直撃、もしかして・・と思ったらやっぱり蝉でした。
季節はずれの蝉、力なく地面にダウン。ステッキでいじってみると少し動きますがほとんど力なし。どうして今時出てきたのでしょう・・


力ない季節はずれの蝉 日本の蝉とは違ってカラフルです



そして九重葛(ブーゲンビリア)は今が旬
ちなみに赤いのは花ではなく苞だとのことで、中の小さいのが花だそうです。
花が小さいので虫に知らせるように苞が華やかなのかな・・・



そして九重葛に蝶


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2009-02-26 コメント(0)

林則徐とアヘン戦争と日本  (2006.10.15)

こういう話題はあまり取り上げたくなかったのですが、香港、深圳で長く住んでいるとどうしても看過できない話題と思い、歴史を確認することにしました。

香港がイギリスに占領されるきっかけになったのがアヘン(麻薬)戦争です。
イギリスは中国との貿易の赤字を補うため中国で禁止されていたアヘンを中国に輸出、これを欽差大臣(中央の指示を仰がずに処理できる権限を持つ大臣)となった林則徐が指揮を執り約2万箱のアヘンの海中投棄を実行、その後、林則徐はアヘンを持ち込まない誓約書の提出を条件に広州における貿易の再開を認め、アメリカなどはこれに応じましたがイギリスは提出せず、これ以後にアヘン戦争へ突入。
結果はイギリスの勝利で1842年8月の南京条約でイギリスに香港島の領有権をわたしました。
さらに1856年、アロー戦争があり、イギリスはアヘン貿易を合法化させ、1860年には九龍半島の先端部を占領、さらに九龍半島の全てを含む新界地域が99年の租借となった。
フランスとはどういう関係になるのかまだ調べてないのですが、これらの時フランスにも多額の賠償金を支払っています。

参考文献  アジア史の真実  中名生正昭著 南雲堂 1997年
深圳博物館

そしてこのアヘン戦争の資金を融資した銀行が香港で紙幣を発行しているHSBC(香港上海滙豊銀行)です。そのため中国は久しくHSBCを嫌っていたようですが和解したと聞きました。今は深圳にもHSBCがあります。

返還前、香港人にアヘン戦争を知っているかと聞いたら、知らないと言ってました。TVのインタビューで当時の香港パッテン総督は「現在、アヘン戦争を正当化することは誰にもできない」と言っていたのに...

日本は黒船来襲で鎖国を解き不平等条約を結んで開国したのですが、この時すでにアヘン戦争のことを知っていたため、アヘンは取引しない条項が入っていました。

江戸時代、日本が鎖国を宣言した時は戦国時代の影響で日本には10万丁の鉄砲があったと言います。軍事大国だったわけで鎖国を宣言すればそれで良かったのですが、黒船来襲の頃にはすでに時代が変わっていて不平等条約を受け入れなければならなくなっていたのです。

アヘン戦争もそうですが全ての戦争には年表には載らない、尋常でない庶民の苦しみがあるのです。そんなことを知るたびに怒りがこみ上げてきてしまいます。もう悲劇の起こらないことを祈って....

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